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4-1.持続可能な開発のための国連海洋科学の10年~海の保全と利用に向けた国連の取り組み~、海洋生物の保全、水深2000メートルのトップ・プレデター~ヨコヅナイワシ~、および、海洋生物のレッドリスト:特別展「海 ―生命のみなもと―」見聞録 その16

2023年08月12日、私は国立科学博物館を訪れ、一般客として、特別展「海 ―生命のみなもと―」(以下同展)に参加した([1])。


同展「4-1.持続可能な開発のための国連海洋科学の10年~海の保全と利用に向けた国連の取り組み~、海洋生物の保全、水深2000メートルのトップ・プレデター~ヨコヅナイワシ~、および、海洋生物のレッドリスト」では、ヨコヅナイワシ、ベイトカメラ、ニホンウナギ、サラサハタ、ウロコフネタマガイ、および、ジュゴンのレプリカが展示された([2]のp.156-163)。


「国連海洋科学の10年」は、UNESCO政府間海洋学委員会(IOC)が素案を作成し、国連総会に提案されたものである。2015年に持続可能な開発目標(SDGs)が採択され、海洋についてもSDG―14「海の豊かさを守ろう」としてこれに盛り込まれたことを受け、国連における海洋に関する専門機関として、IOC は今後どのようにSDGs、とりわけSDG―14の達成に貢献していくかが問われていた。1960年設立のIOC は60周年を目前に控え、海洋科学の面では国際協調をリードすることが求められていたこともあり、国際社会の要請に的確に対応するための方策が集中的に議論された。

2016年06月の第49回IOC 執行理事会に提出された会議文書『IOC の将来に関するロードマップ』は、その後『国連海洋科学の10年』の基本的なアイデアの原型となった。そして、2017年の第29回IOC総会における決議「持続可能な開発のための国連海洋科学の10年」として結実し、同年の第72回国連総会における「海洋及び海洋法」に関する一括決議の中で、2021年から2030年までの期間を「持続可能な開発のための国連海洋科学の10年」(以下「国連海洋科学の10年」)と宣言することが盛り込まれ、決議された([3])。

 

海洋保全とは人類が安全で快適に生活できるようにするとともに、海洋が持っている多様な生物や資源の恩恵を後世に繋ぐために、現在の海の自然を維持することを意味する。

具体的には、自然が正常に循環しており、人が自然に干渉したとしても海洋が有する浄化能力や生産力により復元される状態を目指すことにあると言える。

例えば、魚をとったとしても、生まれる数が多く全体の数が減らない状態なんかは海洋保全がされていると言える。

一方で、人が廃棄した油や水質汚染の影響で、少しでも海が汚れるような状態になってしまい、海の浄化能力だけで元に戻らない場合は海洋保全がされていないということになる。

海洋保全の具体的な取り組みとしては、海洋の物質循環システムの修復や人間活動に伴う自然への負荷の削減、外来生物種の侵入による生態系のかく乱防止などが挙げられる([4])。

 

2022年07月01日、国立研究開発法人 海洋研究開発機構(JAMSTEC)地球環境部門の藤原義弘上席研究員らは、海底広域研究船「かいめい」を用いた生態系調査を沖合海底自然環境保全地域において実施し、環境DNA解析とベイトカメラ観察を組み合わせることで、ヨコヅナイワシの新たな生息地を見出すとともに、本種が水深2,000 m以深に棲息する深海固有種として世界最大の硬骨魚類であることを明らかにしたことが発表された。

自然環境保全法に基づき2020年に指定された沖合海底自然環境保全地域において、JAMSTECでは2020年および2021年に生態系モニタリングに関する総合調査を実施した。本調査の目的は沖合海底自然環境保全地域を将来に渡ってモニタリングするためのベースライン情報を取得すること、および、同地域のモニタリングを簡便に実施するための調査手法を確立することであった。沖合海底自然環境保全地域内に存在する海山の生物多様性を把握するために、CTD付きロゼット型採水器を用いて採取した深海域の海水を大量に濾過し、その中に含まれる環境DNAを解析したところ、3つの海山基部で採取した海水からヨコヅナイワシの配列を検出した。ヨコヅナイワシとは2021年にJAMSTECが新種として報告した大型深海魚で、駿河湾深部のトップ・プレデターであることが知られている。

これらの海山はいずれもヨコヅナイワシの存在が唯一知られる駿河湾のはるか南方であったことから、その真偽を確認するため、3つの海山のうちの1つ、元禄海山南方、水深2,091 mの深海底にベイトカメラ(餌付きカメラ)を設置したところ、全長250 cmを超える大型のヨコヅナイワシが餌に集まるイバラヒゲを威嚇したり、餌カゴに噛みつこうとしたりする姿を撮影することに成功した。

本研究により、環境DNA解析とベイトカメラ観察を組み合わせることで、従来法では困難であった深海域に棲息するトップ・プレデター等の希少種の生態学的情報を取得することが可能になることを示した。今後、このような手法を用いて深海域の生物多様性や分布、生態等を明らかにすることで脆弱な海洋生態系の理解を促進し、地球環境変動が深海生態系に与える影響を明らかにすることが期待できる(図16.01,図16.02,[5][6])。

図16.01.ヨコヅナイワシ Narcetes shonanmaruae。
セキトリイワシ目セキトリイワシ科 駿河湾・八丈島南西沖(水深 1,961~2,572 m)。
展示個体はパラタイプ標本。所蔵:海洋研究開発機構 実物。
図16.02.ベイトカメラ Baited Camera。
大きさ:1.3 m、空中重量:93 kg、最大使用水深:2,600 m。
食べものにおびき寄せられた深海生物を観察するための装置。
トップ・プレデターなどの多様性や生息数を調べる。
所蔵:海洋研究開発機構 実物。


レッドリストは絶滅のおそれのある野生生物の種のリストである。国際的には国際自然保護連合 (IUCN)が作成しており、国内では、環境省のほか、地方公共団体やNGOなどが作成している。

環境省では、日本に生息・生育する野生生物について、生物学的な観点から個々の種の絶滅の危険度を評価し、レッドリストとしてまとめている。動物については、哺乳類、鳥類、爬虫類、両生類、汽水・淡水魚類、昆虫類、陸・淡水産貝類、その他無脊椎動物の分類群ごとに、植物については、維管束植物、蘚苔類、藻類、地衣類、菌類の分類群ごとに作成している。

レッドリストはおおむね5年ごとに全体的な見直しを行っており、平成24(2012)年度に第4次レッドリストを公表した。第4次レッドリストについては、平成27(2015)年度から、生息・生育状況の悪化等によりカテゴリーの再検討が必要な種については、時期を定めず必要に応じて個別に改訂することとしていた。第4次レッドリストの改訂は、これまで5回実施されており、最新の改訂版は、令和元(2019)年度に公表したレッドリスト2020である。レッドリスト2020においては、74種についてカテゴリーを見直したところ、レッドリスト2019と比較して絶滅危惧種が40種増加し、合計3,716種となった。

海洋生物については、一部の種を除き、絶滅のおそれの評価を行っていなかったが、海洋の生物に対する関心の高まりを受け、平成24(2012)年度から海洋生物レッドリスト作成の作業を進めてきた。平成29(2017)年3月に、魚類、サンゴ類、甲殻類、軟体動物(頭足類)、その他無脊椎動物の5分類群について取りまとめた「環境省版海洋生物レッドリスト」を公表し、絶滅危惧種として掲載された種数は56種であった。

既往のレッドリストと海洋生物レッドリストを合わせると、環境省が選定する日本の絶滅危惧種は合計で3,772種となった([7])。

2013年02月01日、第4次レッドリストで、ニホンウナギは情報不足(Data Deficient:DD)から絶滅危惧IB類(危機、Endangered:EN)に変更された(図16.03,[8])。

「【魚類】海洋生物レッドリスト(2017)」で、サラサハタは絶滅危惧IA類(深刻な危機、Critically Endangered:CR)に指定されている(図16.03,[9])。

2019年07月18日、ウロコフネタマガイが国際自然保護連合(The International Union for Conservation of Nature:IUCN)のレッドリストにおいて、絶滅危惧種(EN)に指定された(図16.03,[10])。

図16.03.向かって左から、ニホンウナギ Anguilla japonica ウナギ目ウナギ科 北西太平洋(水深0~800 m) 絶滅危惧IB類(環境省) 所蔵:国立科学博物館 実物、
サラサハタ Cromileptes altivelis スズキ目ハタ科 東インド洋―西大西洋(水深1~40 m) 絶滅危惧IA類(環境省) 所蔵:国立科学博物館 実物、および、
ウロコフネタマガイ Chrysomallon squamiferum ネオンファルス目Peltospiridae科 インド洋(熱水噴出域)(水深2,420~2,500 m) 絶滅危惧種(環境省) 所蔵:海洋研究開発機構 実物。


「【哺乳類】環境省レッドリスト2019」で、ジュゴンは絶滅危惧IA類(CR)に指定されている(図16.04,[11])。

図16.04.ジュゴン Dugong dugon 海牛目ジュゴン科 インド洋、西太平洋、紅海。
日本では沖縄県にわずかに生息しており、分布域の北限として重要視されている。
タイやフィリピン、オーストラリアでは、手厚い保護のもと個体数は安定しているが、日本のジュゴンの生息数はわずか数個体で、絶滅の危機に瀕している。
所蔵:国立科学博物館 レプリカ。

一方、2024年04月05日、一般財団法人 沖縄県環境科学センター総合環境研究所所長の小澤宏之、龍谷大学先端理工学部教授の丸山敦らは、2019年以降に地域絶滅した可能性が高いとされていた南西諸島のジュゴンについて、野外で採取された糞のDNA分析や遊泳個体の目撃情報から、現在も琉球列島に生息していることを突き止め、Scientific Reports誌(Springer-Nature社)にて公表したことを発表した([12])。

 

本記事を書くことで、上記の希少海洋生物を守ることは、生物多様性を守ること、即ち、全ての生き物は間接的に影響し合うことで現在の人間にとって比較的快適な生活環境が維持されていることを痛感した。言い換えれば、このことは、互いがたとえ捕食被食の関係であっても影響し合うことで環境が維持されているということである。

それに、希少海洋生物を守ることで美味しい海の幸を守り、頂くことこそが、私にとっては最高の悦びである。



参考文献

[1] 特殊法人 日本放送協会(NHK),株式会社 NHKプロモーション,株式会社 読売新聞社.“特別展「海 ―生命のみなもと―」 ホームページ”.https://umiten2023.jp/policy.html,(参照2024年04月03日).

[2] 特別展「海 ―生命のみなもと―」公式図録,200 p.

[3] 国連海洋科学の10年国内委員会.“国連海洋科学の10年”.持続可能な開発のための国連海洋科学の10年 ホームページ.https://oceandecade.jp/ja/un-decade/,(参照2024年04月03日).

[4] 日本出版販売株式会社.“海洋保全とは?海洋生物の多様性を守るための活動を通して考える”.ONE ECO PROJECT ホームページ.知る・学ぶ.2022年03月30日.https://oneeco.jp/post/33,(参照2024年04月03日).

[5] 国立研究開発法人 海洋研究開発機構(JAMSTEC).“ヨコヅナイワシが2000 m以深に棲息する世界最大の深海性硬骨魚類であることを明らかに”.JAMSTEC トップページ.プレスリリース.2022年.2022年07月01日.https://www.jamstec.go.jp/j/about/press_release/20220701/,(参照2024年04月04日).

[6] 国立研究開発法人 海洋研究開発機構(JAMSTEC).“JAMSTEC探訪 深海の頂点捕食者”ヨコヅナイワシ”撮影秘話!~深海生態系の謎に挑む vol.1~”.JAMSTEC BASE トップページ.読む・知る.記事.がっつり深める.2022年08月17日.https://www.jamstec.go.jp/j/pr/topics/explore-20220817/,(参照2024年04月04日).

[7] 環境省.“レッドリスト・レッドデータブック”.環境省 ホームページ.政策.政策分野一覧.自然環境・生物多様性.希少な野生動植物種の保全.https://www.env.go.jp/nature/kisho/hozen/redlist/,(参照2024年04月04日).

[8] 環境省.“第4次レッドリストの公表について(汽水・淡水魚類)(お知らせ)”.環境省 ホームページ.報道・広報.報道発表一覧.2013年02月01日.https://www.env.go.jp/press/16264.html,(参照2024年04月04日).

[9] 環境省.“別紙1 ①:【魚類】海洋生物レッドリスト(2017)[PDF 416KB]”.環境省 ホームページ.報道・広報.報道発表一覧.環境省版海洋生物レッドリストの公表について.2017年03月21日.https://www.env.go.jp/content/000037627.pdf,(参照2024年04月08日).

[10] 株式会社 日経ナショナル ジオグラフィック.“奇妙な深海生物スケーリーフットが絶滅危惧種に 熱水噴出孔に固有の生物では初の認定”.ナショナル ジオグラフィック トップページ.ニュース.動物.2019年07月24日.https://natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/news/19/072400429/,(参照2024年04月08日).

[11] 環境省.“別添資料2_環境省レッドリスト2019 [PDF 993 KB]”.環境省 ホームページ.報道・広報.報道発表一覧.環境省レッドリスト2019の公表について.2019年01月24日.https://www.env.go.jp/content/900512780.pdf,(参照2024年04月08日).

[12] 学校法人 龍谷大学.“ジュゴンがまだ琉球列島に生息している 科学的証拠を公表”.龍谷大学 ホームページ.ニュース センター.2024年04月05日.https://www.ryukoku.ac.jp/nc/news/entry-14558.html,(参照2024年04月08日).

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