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1-2.海の誕生:特別展「海 ―生命のみなもと―」見聞録 その02

2023年08月12日、私は国立科学博物館を訪れ、一般客として、特別展「海 ―生命のみなもと―」(以下同展)に参加した([1])。

同展「第1章 海と生命のはじまり 1-2 海の誕生」では、縞状鉄鉱層、礫岩、流体包有物の顕微鏡写真、海水化石、リップル マーク、ドロマイト、および、層状チャートが展示された([2]のp.22-25)。

鉄資源の約80%は縞状鉄鉱層から得られている。縞状鉄鉱層の大部分は、35億年前から19億年前の間に海底に堆積したもので、産地はオーストラリア、北米、南アフリカ、インド、グリーンランドなどの古い地質帯に限られ、日本の様に新しい地質には存在しない。縞状鉄鉱層はその名が示す通り縞状の構造をもち、主に石英からなる白色層と、鉄の鉱物を多く含む赤褐色から黒色の層が交互に積み重なってできている。鉄の鉱物は酸化鉄である磁鉄鉱や赤鉄鉱などからできており、硫化物の黄鉄鉱を含む場合もある。鉄は2価では水に溶けやすく、3価だと水に溶けにくい性質を持つ。もともと地球は今よりも還元的な環境にあり、鉄は2価の状態で海水に溶けていた。生物の光合成により増加した酸素によって鉄は酸化されて3価になり沈殿した。これが縞状鉄鉱層の大きな成因と考えられている。縞状鉄鉱層は地質学的な特徴からアルゴマ型とスペリオル型の2つに分けられる。アルゴマ型は、スペリオル型に比べ鉱床規模が小さく、火山岩を伴い、主に35億年前から27億年前に生成したとされている。スペリオル型は、鉱床規模が大きく、大陸からの砕屑物を伴い、主に27億年前から19億年前に生じたと考えられている。鉄は海底熱水噴出などにより海水に供給されたと考えられているが、これらのタイプの違いを説明するには、堆積環境や熱水の供給源の違いなども考慮してモデルを組み立てていかなくてはならない。

縞状鉄鉱層は鉄を30%程度含んでいるが、これでは鉄鉱石としては品位が低すぎる。そのため、鉄鉱石として採掘されるのは、熱水や天水の作用などにより二次的に鉄の含有量が上がったものに限られる(図02.01,[3])。

図02.01.縞状鉄鉱層 Banded Iron Formation(BIF)。
太古代(38億年前) 中国・遼寧省。
所蔵:神奈川県立生命の星・地球博物館 実物。

グリーンランド西部 イスア地域で世界最古(太古代、約38億年前)の堆積岩が地表で見つかっているが、この時代既に地球に「海」が存在したことの証となる。

また、縞状鉄鉱床の存在や炭素同位体比のずれから、最古の生命活動の痕跡である可能性もある。

グリーンランド西部には38億年前の花崗岩や片麻岩が広く分布していて、その中に変成度の低い堆積岩がところどころ分布している。

イスア地域の地層には礫岩が含まれていた。礫岩に含まれる礫の種類から、当時既に大陸地殻ができていたことがわかる

イスア地域で枕状溶岩が発見されたことは,当時海があったという直接的な証拠である。

イスア地域に分布する縞状鉄鉱床から、厚さ数mmのリン酸カルシウムに富んだ層が2枚見つかった。リンの濃集は生命の存在を期待させるものである。有機物の分析も試みられた。米国の研究者らは、イスア地域のリン酸カルシウムに含まれる炭素の分析を行って、生命活動の痕跡が認められると発表している(図02.02,[4])。

図02.02.礫岩 Conglomerate。
太古代(38億年前) グリーンランド・イスア地域。
地球最古の堆積岩(礫岩)。
所蔵:神奈川県立生命の星・地球博物館 実物。

約22~24 億年前の海水化石が南アフリカ・オンゲレック累層で発見されたが、当時の海水の塩化物イオン濃度は1,800~2,400 mmol/kgの間の値であると推定できた。推定された当時の海水塩化物イオン濃度は現在の海水濃度と比較して、3 ~ 4倍高い。このことから地球史を通して海水中塩化物イオン濃度が低下したと考えられる。海水塩化物イオンが大陸地殻中に岩塩として定置され海水中の濃度が低下し、現在の海水組成になったと思われる(図02.03,02.04,[5])。

図02.03.約24 億年前の海水化石。
図02.04.約24 億年前の石英に含まれる流体包有物。

一方、地層に残されている地質記録から、いつから海があったのかを遡る研究も多くされてきた。地層には、過去の海底に溜まった堆積物が岩石として残されている。漣(さざ波)の化石であるリップル マーク、人類が鉄の原料として利用している縞状鉄鉱層、海底火山から溶岩が海中に噴出してできた枕状溶岩、ならびに、陸地が雨風や河川に削られてできた鉱物粒子が海底に留まってできた泥岩や砂岩などが、これらは全て地球に海があったことを示す地質記録である。このような地質記録ができた年代を調べてみると、少なくとも40億年前には液体の海が存在していたということがわかっている(図02.05)。

図02.05.上.砂岩に残ったリップル マーク(漣痕)。
下.向かって左から、ドロマイト、層状チャート、および、層状チャート。

地球の海の歴史は非常に長いことを痛感した([6])。

一方、2015年03月12日、東京大学・海洋研究開発機構・東北大学・北海道大学・名古屋大学を含む国際研究グループは、日米欧による探査と実験の綿密な連携によって、土星の衛星エンセラダスの地下海に海底熱水環境が存在することを明らかにしたことを発表した。

エンセラダスは、内部に液体の地下海を持ち、海水がプリュームと呼ばれる間欠泉として宇宙に噴出している。しかし、このような地下海の具体的な環境の特定は行われておらず、生命の生息可能性に関する議論も空想の域を出るものではなかった。コロラド大学のHsu博士を中心とする欧米チームはカッシーニ探査機のデータから、プリュームとして放出される海水中にナノシリカ粒子が含まれていることを明らかにした。一方、東京大学の関根康人准教授を中心とする日本チームはエンセラダス内部の模擬実験を行い、ナノシリカ粒子が生成するためには、海水と岩石からなるコアが、現在も90℃を超える高温で反応していることを示した。地球の海底熱水噴出孔は生命誕生の場の有力候補であり、現在もそこで得られる熱エネルギーを使い微生物が生息している。本発表は、生命を育みうる環境が今の太陽系にも存在することを初めて実証した研究で、長い太陽系探査の歴史におけるエポック・メイキングな発見といえる([7])。

この研究もまた、非常に興味深い。


参考文献

[1] 特殊法人 日本放送協会(NHK),株式会社 NHKプロモーション,株式会社 読売新聞社.“特別展「海 ―生命のみなもと―」 ホームページ”.https://umiten2023.jp/policy.html,(参照2023年11月27日).

[2] 特別展「海 ―生命のみなもと―」公式図録,200 p.

[3] 国立大学法人 東京大学総合研究博物館 UMUT.“B7 高品位鉄鉱石”.東京大学総合研究博物館 ホームページ.展示公開.本郷本館.UMUTオープンラボ.展示解説.日本語.展示エリアで選ぶ・一覧から選ぶ.https://www.um.u-tokyo.ac.jp/UMUTopenlab/library/b_7.html,(参照2023年11月28日).

[4] 学校法人 聖徳学園 岐阜聖徳学園大学 教育学部 地学・川上研究室.“イスア”.地学・川上研究室 ホームページ.Web教材TOPページ(フレーム無し).地球博物館.デジタル地球博物館.触れる地球コンテンツ.地球の歴史.http://www.ha.shotoku.ac.jp/~kawa/KYO/DEM2/tec/history/isua.html,(参照2023年11月30日).

[5] 国立研究開発法人 科学技術振興機構.“22億年前の海水塩化物イオン濃度と表層環境の進化”.J-STAGE トップページ.日本地質学会学術大会講演要旨.日本地質学会第118年学術大会・日本鉱物科学会2011年年会合同学術大会(水戸大会).書誌.22億年前の海水塩化物イオン濃度と表層環境の進化.https://www.jstage.jst.go.jp/article/geosocabst/2011/0/2011_0_84/_pdf/-char/ja ,(参照202312月03日).

[6] 国立研究開発法人 海洋研究開発機構(JAMSTEC), 任天堂株式会社.“地球46億年の歴史と生命進化のストーリー”.JAMSTEC×Splatoon 2『Jamsteeec』 トップページ.海と地球を学んじゃうコラム.地球46億年の歴史と生命進化のストーリー.2023年07月.https://www.jamstec.go.jp/sp2/column/04/,(参照2023年12月03日).

[7] 国立大学法人 東北大学.“土星衛星エンセラダスの地下海に海底熱水活動!-生命生息可能環境を宇宙に発見-”.東北大学 ホームページ.2015年のプレスリリース・研究成果.2015年03月12日.https://www.tohoku.ac.jp/japanese/2015/03/award20150312-01.html,(参照2023年12月13日).

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