ベッカムのクロスは実は上半身を全く捻っていない話。
今回はクロスの名手と言われて誰もが思い浮かべるであろう、ベッカムのクロスを分析します。
ベッカムのキックの最大の特徴は右足で蹴る時の左腕の使い方にあります。腕の使い方に注目して見ると、教科書的に良いとされるような蹴り方とは異なる独特な体の使い方をしています。
この記事では他の大多数の選手が使っているクロスの蹴り方とベッカムの蹴り方を比較することでベッカムの独自性を暴き、なぜその蹴り方が質の高いボールにつながるのかを解説します。
ベッカムとの比較対象として用いる一般的な蹴り方としては、以前の記事でも少し取り上げた東京ヴェルディ・宮原選手のこちらのシーンを採用します。
簡単にポイントを述べると、2つの蹴り方では蹴り足を加速する動力源としての腕の使い方に明確な違いが存在します。少し分かりづらいですが実際のシーンで言うと、蹴り終わりの形に違いがあります。
キックの動力源=助走+回転
まず、一般論としてキックで蹴り足の速度を生み出すための動力源について解説します。
最も基本的かつ重要なのは助走で生み出すエネルギーです。
ベッカムのキックの中で言うとロングキックのシーンでは助走の重要性が際立っていて、特に以下の動画内の18秒あたりからのシーンでは最後の一歩をかなりのスピードで踏み出していてこれが球速、飛距離に貢献しています。
助走の重要性は間違いないのですが、ベッカムの独自性はもう一つの動力源である体の回転の方にあります。
ここで言う体の回転とはキック動作を真上から見た時の回転のことです。
この後も詳しく述べますが、一般的に言われる上半身の捻りはこの回転を生み出すための工夫です。
右足で蹴る場合で考えると、左足を軸にして右足が前に運動するような回転、つまり反時計回りの回転を速く生み出すことが蹴り足を加速させるためのポイントになります。
ざっくりとしたイメージで言うと、初心者によく見られるただ蹴り足を大きく前後に振るだけの蹴り方は真上から見た時に蹴り足の軌道が真っ直ぐで回転方向の運動を使えていないキックである一方で、熟練者ほどこの回転方向の蹴り足の加速がうまく使えていることが多いです。
一般的な回転の生み出し方:上半身を捻る
では、回転方向での蹴り足の加速をどのように実現しているかをまずは宮原選手のシーンから見てみましょう。
左腕は広げて折り畳む
宮原選手のキックでの左腕の動きを見てみると、以下のように一度真横に伸ばすようにした後、インパクトの瞬間まで腕を閉じるような動きになり上半身を右側に捻るような動きをしていることが分かります。
右足でボールを蹴る場合には蹴り足を反時計回りに回転させる運動を生み出したいのに、上半身を逆側の時計回りの方向に捻るのは一見間違っていそうですが、これは角運動量保存則という物理法則で説明できます。
角運動量保存則を簡単に言うと、外から力がかからない場合にある場所を回転させたとすると別のところがそれを補うように逆側に回転するといったものです。
角運動量保存則を簡単に体感できる例として回転ジャンプがあります。
両足が地面についた状態から真上にジャンプして、両足が地面から離れた後に空中で体を捻り回転した状態で着地しようとしてみてください。
そうすると空中でいくら上半身を捻ろうとしても下半身が逆側に回るだけで全身を回転させて着地することができないことが分かります。
回転ジャンプは地面に加える力の向きが真上ジャンプの時と異なっているからできるのであって、空中で浮いた状態から体を回転させることはできません。
これをキック動作に当てはめて考えると、インパクト直前に上半身の時計回り方向の捻りを強く加えることで、蹴り足の加速が可能になるというのがキック動作における体の捻りについての力学的な説明になります。
この体の捻りによる蹴り足の加速は上半身と下半身の連動として一般的に言われているポイントで、いわば教科書的に正しく効率の良いキックであると言えます。
ベッカムの場合
続いて、ベッカムが反時計回りの回転をどのように生み出しているかを見てみましょう。
上半身の動きに注目してみると、宮原選手のような体の捻りは使っておらず蹴った後も体の向きは正面方向に保たれています。
ベッカムのキックでは、上半身の逆方向の捻りを利用することで下半身の回転を誘導するのではなく、上半身を蹴り足を回転させたい方向と同方向へ勢い良く回転させることで、蹴り足を加速させているというのが大きな特徴です。
この先、左腕の使い方からベッカムの回転を生み出す工夫をさらに詳しく見ていきます。
左腕はひたすら左に広げる
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