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紙の編集をナメるな

 書籍編集者はみんな悩んでいる。いい本をつくっても届かない。前ほど売れない。ため息をつきながらパソコンを覗きこむとWEBはなにやら楽しそうだ。仮想通貨にコミュニティ、AI、VR、ARにドローン……。ああ、もう紙の時代も終わりかなあなんて頬杖ついて窓の外を見る。

 どんなにおもしろいものであっても、それが魅力的なものであっても、届かなければ意味がない。営業部からは「初速が出てないんで…」と申し訳なさそうに言われ、著者さんからは「次はどんな展開ですかね」と聞かれ。「いいものだから長く売っていきましょう」なんて言葉で返すけれど「本当はもっともっと売れるはずだ」と思っているんだよ。もっと爆発させられる、って。ただ、その手段をまだ知らないんだ。

 書籍編集者は発信が得意な人もいるけれど、見る限り大半は少しシャイでじっくりものを考えるのを得意とする人だ。書き手と喫茶店で落ちあい、世の中に何を伝えようかとひそひそ相談し、タイトルを練りに練って、最高のデザイン、造本を施す。「コンテンツづくり」「本づくり」が得意なのだ。

 これまでは多くの人が書店に足を運んだ。書店で「あ、これ面白そう」と手にとってくれ、読んでくれた。新聞で書評が出れば、反響も大きかった。しかし時代は変わった。書店の数は減り、みんなスマホを見るようになった。どんなに本をつくっても気付かれずに消えていくものは多い。

 書籍編集者は悩んでいる。どうすれば気づいてもらえるのだろう、と。まだ「これはつまらん」「クソ本だ」などと反響があればいいほうだ。悲しいのは、何の反応もないとき。気まずくなりながら書き手と意見をぶつけあい、夜を徹してゲラに赤を入れ、デザイナーさんは体調崩しながらも最高のものに仕上げてくれた。なのに、気づかれない。これほど悲しいことはない。

 ……そうだ、嘆き節を垂れ流したかったんじゃない。紙の編集は、紙の編集で培ったスキルは、決して無駄じゃないということを言いたかったのだ。

 1300円なり2000円なりのお金を払ってもらえるような本をつくるスキルは今後も絶対に大きな武器になる。0.2秒で理解し、読者に発見してもらえるような表紙づくり、タイトルづけ。ハッとさせるような帯コピー。自然と読みたくなるようなまえがきづくり。もくじを眺めただけで買いたくなる構成づくり。読みやすい文体。具体と抽象のバランス。著者のスタンス、時代背景。あらゆるものを考慮しつつ1冊の本を編み上げていく。それはまるで1本の映画を撮るように。ここで驚かせて、ここで納得させて、ここで感動させたい。そういう設計をしながら編み上げていく。

 デザインだってすごい。0.1ミリ単位で文字の大きさや配置を考えて、読者が心地よいように、感動するように、調整している。帯をつけるべきか否か。紙の厚さは適切か。読者が気づかない無意識の領域までデザイナーさんは考えている。書き手、編集、デザイナー、印刷所、製本所……。多くの関係者が1冊の本を最高のものにしようと努力している。そうしてできた、いわば「魂のプロダクト」はこれからの世界でも多くの人に届いて欲しいと思うし、届くはずだ。

 書籍編集者は悩んでいる。でも、いまは過渡期だ。多くの人に本を届ける道はきっと見つかる。本の編集で培ったノウハウとスキルはきっとWEB、SNSの時代でも力を発揮するだろう。デジタルの興隆は止まらないし否定すべきものでもない。情緒的に「紙の匂いが〜」「本が好きなんだよな〜」などと寝ぼけたようなことを言うつもりもない。ただ、きっとあらゆるバイアスを取り払っても「本はいいものだ」と思うんだ。便利なものだ、と思う。WEBの可能性を考えながら、本の魅力を伝えていく。新しいものを否定することなく、古いものも捨てないように。今年はいろいろ実験しながら最適な道を探って行きたいなと思っております。

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