塞翁が馬って塞翁が馬?

 俺はなんか生まれつきお腹の主張が強い方で、朝礼集会行事とみんなが集まるイベントでは絶対鳴るし、忘れもしない中学2年の運動会の直前練習の時には腹から声出せーとか言う体育の先生に合わせてぐりゅりゅりゅなんて言うもんだからみんな笑っちゃって声出なくって「林、ふざけるのもいい加減にしろ!」ってなんか怒られんだけど、生理現象だから仕方なくない?と思いつつまぁ先生もあのタイミングで調子崩されてイラッとしちゃったんだよなそれもある種の生理現象だし仕方がないかと諦め、しょんぼり練習終えるとガキ大将のショウマとその舎弟のヨッシーが近づいてきてうっわーここで締められるのかよ泣きっ面に蜂…と思いきや実はショウマはすげぇいいやつで「今日のお前最高だわマジで。久しぶりにあんな笑った。センコーの言うこと気にすんなよ。」と慰めてくれて「腹減ってんだろ」と焼きそばパンを俺に放った。俺は「…ありがとう」とショウマと焼きそばパン買いにパシられたはずのヨッシーにもぞもぞと言う。俺は口下手なんだ。腹が饒舌な分。ぐぅうぅぅぷぷと、つまり焼きそばパンを早く食べたいと俺の腹は言っている。「じゃまたな。」とショーマは軽く俺に肩パンしてってそれは痛えけど悪くねぇと思って焼きそばパン食った次の週にヨッシーに本格的にボコられる。クソ炎天下の中ショーマに買いに行かされた焼きそばパンが俺の腹に収まってるのがよっぽどムカついたらしく、ヨッシーは腹パン9の顔パン1の割合で「テメェ何俺の焼きそばパン食ってんだよ!」とか言いながらバンバカバンバカ俺を殴った。「ショーマがお前のこと気に入ってっからって調子になんじゃねぇぞ!」ってここで俺はこいつ嫉妬してんのかよかわいいーと一瞬思うが次の瞬間は顔パンで頭ん中身がピカッと星のように小ちゃい光に瞬いて消えて「返せやボケ!焼きそばパン返せや」と次の9連続腹パンで俺はゲロを吐く。と言っても焼きそばパンはとっくに消化されてウンコになってトイレから区内の下水処理場でおそらく太平洋の彼方だったから俺が戻したのは昼の給食の牛乳とフルーツポンチ。うわぁうまかったのにもったいねーけどうまいってのは口で感じるもんだから胃まで行ったあとは関係ねーかと思ってたらまた顔パン来てもう一回星が瞬いた。赤や黄色やピンクのフルーツカラーがミルキーウェイにきらりきらり。ベシャッと自分の吐瀉物の上に倒れ込んだらヨッシーは満足したらしく「ぺっ」と唾を吹きかけて去ってった。ぐゅりゅりゅとやっぱり腹が鳴ったけどもそのまま血の混じったゲロをボンヤリ眺める。きたねー、白と赤で夕焼け空といえなくもないけどこんなに臭いスカイはいやだなー、でも雲って海から登った水蒸気からできるってこの間理科の授業で習ったからやっぱそれって下水とかそういうのが元になってるんだから臭いんじゃねと思いつつ、いやーでもこの醜悪さは郷愁漂う夕焼け空には似ても似つかないしだいたい消化しかけのフルーツは何に見立てればいいんだよとか訳解んない考えが頭ん中でぐるぐるしてて、10分くらいにたったかなーってタイミングで「ちょっと、林くん大丈夫?!」とヨッシーの消えた方から走って来たのは同じクラスのエリナちゃん。密かにゾッコンラブなキューティーにおぞましい姿を見られた俺はなんだか涙まで出てきたわと思っているとエリナちゃんはそっから救急車呼んで病院に送り届けてくれて車ん中ではずっと震えてる俺の手を握りしめてくれて検査入院してた2日間は両方とも来てくれて(おぉぉこれは)と思い退院した翌日にお礼とか言って呼び出して「…好きなんだけど…付き合ってくんね」「いーよべつに」ってよっしゃー逆転満塁ホームラン!!!エリナちゃんは吹奏楽部でよく野球部の応援に来てトランペットキラキラ光らせていたけど万年ベンチの俺が逆転はおろか満塁なんてもちろん、ホームランすら打ったことないわけでマジありえねー福音ですよ福音。パンパカパーン。第一エリナちゃんは俺なんか見向きもされないタイプのマドンナ、とうか俺の中では天使で、まぁ公平を期せば学年で上から5番目ってとこだけどそれでも林は下から何番よって話で。で俺は公園デートに始まり試合後にこっそりファミレス寄って馬鹿話して夏休みの貯金はたきディズニーからついにホテルセックス決めてエリナで童貞も捨てる。「…痛くない?」「ちょっ…と。」「…やめる?」「いい…来て」とか言われて全然我慢できなくて10回腰振ったらイッちまって腹の底から自分史上最高の快感がやってきてすすすぐりゅりゅって腹も鳴っちゃって「ははは。」って笑うエリナは最高に可愛くってあと3回やってエリナも少なくとも1回はイッて最後にゆっくり抱き合いながらチューして「林くん野球は下手だけどこっちのバットは悪くないね」とかっていやそれは流石に下ネタレベル低くない?って思いつつも最高だったんだけど、そのエリナは次の日レイプされて殺されたところを発見された。捕まったのは学校の先輩男子2人で警察の聴取によれば俺らがホテルから出てきたところ写真で押さえててこればら撒かれたくなかったら言う通りにしろとか言ったらしいんだけどホテルから出てきたところの写真程度じゃ今どきガリガリ君も巻き上げられねぇよってエリナは言ったか言わないか知らないけどとりあえず馬鹿にしたらしくて逆上した先輩たちに「うるせぇホームランバーくらい買えるわ」とかもっとトンチンカンに返されたのか返されなかったのか、とにかくぶん殴られて気失ったのを1人の家に連れ込まれてさんざっぱらヤラれた上にバレるのが怖くなったバカ先輩どもに首絞められて殺された。そんでバカが聴取の時にエリナと一緒に出てきたのは林だって言ったみたいで俺は警察に呼び出されて事の顛末聞かされてたわけだが俺はエリナが可愛そうすぎてもう頭真っ白で固まってて「…会えないっすか?」とかなんとか言ったけど「お気持ちは分かるのですが、検死解剖が済んでおりませんので。それにご家族の方から許可を頂く必要があります。」とか全然分かってないこいつ仕事だと思いやがってとはらわたが煮えくりかえる。先輩2人もぶっ殺さなきゃ気がすまねぇと思ってたが当然叶わず、2人は少年院送りでそのあと俺が会うことはなかった。煮えくりかえった腹わたがぷすぷすしゅしゅと小さい音を立てていたから次の幸福を連れてくるんじゃないか、なんならあの2人死刑にならねぇかなと思ったけどならなかった。
 人間万事塞翁が馬、か、と俺は漢文の授業の時に読んだ故事を思い出して、でもこの話はべつに良いことのあとに悪いことがやってきてその次が良いことが起こるんですよーってわけじゃなくて、事の吉凶は分からないってのが結論で、いつでも災い転じて福となすわけじゃない。でもでもでも、占い師は「これなんぞ福とならざらんや」とか言っちゃって断言するからやっぱ分かる人には分かるんじゃねぇのって思って、エリナの一件で俺もそういう占い師になりてぇもう誰も死なせたくないし悪いことが起こるってことわかってれば最悪の事態だけは避けられるはずだろ多分と思ってここに書いた過去の記憶をガッと振り返って、そしたら考えるまでもなく薄々気づいていたけど、なんか食ったり腹殴られたりゲロはいたりオルガスムスきたり腸煮えくり返ったりで腹が音出すたびにそういうんがトリガーになって事が起こってんじゃねぇのって話で、じゃあってそれ以来腹鳴るたびに何か起こるかと思って注意しているけど警戒しすぎでいけねーのか、腹鳴る度に派手なイベントが起こってるわけじゃないんだよね。確かにそのあとも大学入試の時にきゅるるぅとお腹痛くなって試験中抜ける羽目になったんだけどなんか腹スッキリさせたら頭もスッキリで第一志望に受かったり、サークルで好きになった女と初デートのときにはちょっと気取ったイタリアンでまたぐりゅりゅうってなって普通に引かれて振られ、俺が結婚式で腹がぱきゅうぅぅとか中途半端な音が鳴ったせいでそのあと結婚生活も中途半端だったから離婚しちまったんじゃないかと密かに思ってる友達カップルとか、色々思い当たるとこはあるんだけどそれはこじつけでしかないと言うか、毎回絶対ビッグな運命の方向付けがあるとは思えなくって、全くただただ同じ日常の合間に腹減るしゲロも吐くしオルガスムスに至るしで腹が鳴る。だけど、やっぱり俺は腹の主張が強いほうで、家で飯ん時に話題にしたらどうやら俺の父親も、実は死んだじいちゃんもそういう傾向あるっぽいから、それは遺伝というか家系で引き継がれてきた何かの生存戦略につながってるのかもしれない。未来予測的な話は馬鹿にされそうだから黙ってたけど「そう言えばあなた、結婚式の時お腹なりっぱなしだったわね。すごい恥ずかしかったのよく覚えているわ」「やなこと覚えてんなよ」「でその翌日あんた妊娠してね」「そうだな」とか、てことは俺は結婚初夜の子供ですか気持ち悪いこと想像させんなよってなるけど、そうするとやっぱ大事なイベントとは何らかの関連がありそうな気がしてしまって、だからやっぱ腹を基準に考えるのって悪くないんじゃね、と思う。最近、金谷治の「中国思想を考える」を読んだら中国人は塞翁が馬の解釈違うらしくって、「事の吉凶は分からない」じゃなくて「悪いことがっても良いことがあってもそれがずっと続くわけじゃないからへこたれず調子に乗らず生きてけよ」っつうことらしい。ただその運命をコントロールしようとするのが中国人的パワーで、俺日本人だから世界の成り行きには逆らえねぇよと思いつつ、うーんでもやっぱ第二のエリナは絶対にだめだと心に誓って生きていて、だから俺は油断せずに、腹の声が聞こえるたびにきっと気を引き締めて、俺のできうる限り最大の努力をしてるつもりで、まぁ今の所まだ誰も死んでないから、多分大丈夫なんだろう、これで。ぐうぅりゅりゅりゅりゅ。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?