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北九州市のプラネタリウムで提案の顛末その5(選定結果を受けて)

計5回のシリーズになりましたこの記事ですが、今回が最終回です。(一応)さて、前回までの流れをまずおさらいします。

これまでのおさらい

(この記事はデリケートな内容を含み、有料記事とさせていただきましたが、無料化させていただきました。)

北九州市のスペースワールド跡地に建設される新科学館。そのプラネタリウムはドーム直径30mで、随一のものにしたいという野心的な計画が伝わりました。ある知人の勧めで、私たちは市を訪問し、市職員の思いを聞き、この案件に参加する事を決め、世界最高のプラネタリウムを目指して企画立案。全身全霊でプレゼンテーションに。けれど待ち受けていたのは、審査員からの予想外の辛辣なコメント。そして数日後送られてきたのは不選定、しかも他2社にまさかの大差をつけての最下位を伝える通知。ショックを隠せない私たちは、取るべきアクションをすぐには見つけられないでいました。

正直言えば、当初はいかに無念であっても審査の結果を受け入れ、何もしない考えでした。何故なら後で文句を言っても市の担当者を困らせるだけで、結果が変わるわけでもなく、それは市のためにならないと考えたからです。

選定された企業はそれなりのものを作るだろう。相手は一流のプロであり、決していい加減なものを作るわけではない。選定された会社の提案内容が分からないので何とも言えないけれど。けれど、それでも市に話をきくことにしたのです。考えを聞き、区切りをつけるためでした。しかしそこで明かされた話は、驚くべき内容でした。私はそこで、考えを変えざるを得なくなったのです。

市役所の話と公開された情報

やりとりを要約すると「大平技研の提案は明らかにずば抜けた提案であった」こと。但し、「大型ドームの整備実績が乏しく、実現性に疑問符がついたことが審査委員が低評価を下した理由だったようだ」という説明がはじめにありました。私がそこですかさず「たとえ形式上でも匿名審査であり、実績や実現性が評価に加えられることはないはずだが、評価に含める事があったのか?」と問い直すと、「今の発言は訂正する。実績や実現性を評価に加えた事はない」と訂正される一幕がありました。では、選定された企業の優位性と、私たちに差がついた理由は結局わかりませんでした。

その後、情報公開請求に基づき、いくつかの情報が開示されました。

選定結果総評

この中でB社が私たちです。

おやと思ったことがいくつかあります。

「実現可能性に心配が残る」「アクロバティックな提案」「実現できるのかという懸念」など。市職員がはじめ指摘し、そのあと否定した実現性についての指摘がはっきり書かれていたこと。

「世界一などのうたい文句に惑わされずに~過去の経験や積み重ねの継承を大事に」。審査委員が「世界一など要らない」という発言をし、市職員がそれに異議を伝えたにかかわらず、改めて市の意向に背いたと思われる発言を残している事です。

一方で、選定されたA社に対して、インパクトが欠けるという指摘もあり、審査委員間で大きな意見の相違があることもうかがえます。

争点となった実績と実現性

さて、争点は、実績と実現性に関する評価の是非、だと思います。

実績については、もとより匿名審査なので、評価対象になり得ないのは自明です。(実際には狭い業界で、顔や提案内容を見れば、相手がだれかすぐにわかってしまうとしてもです)。

その代わり、審査前の段階で、一定の実績を参加資格の中で要求していました。私たちはそれをクリアし、特に国外の直近10年では、他2社に勝るとも劣らない実績を積んでいます。こうしたことが参加資格審査を合格した要因と考えています。事務局も、実績には問題ないと判断したとコメントしています。

実現性についてはどうでしょうか?私は、今回の案件に関しては、実現性を理由に評価結果を変えてはいけないと考えます。なぜなら審査委員にはプラネタリウムの運用の専門家はいても、機器の開発に精通した技術者はいませんでした。各社の提案の技術的な難易度を、各社の技術水準と照らし合わせて実現性を評価する事は彼らには到底難しいと考えるからです。実際、12Kシステムへの提案への疑問などを聞く限り、審査委員の技術に関する理解度は明らかに不十分であり(これを非難する考えはありません。当該分野の開発の最先端に携わりでもしない限り、無理な話なのです)実現可能性に関する懸念は的はずれのものになる可能性が極めて高いのです。もし、どうしても実現性を疑い、評価点を下げるならば、その根拠を明確に示さねばなりません。不安だ、心配だ、といった漠然とした理由で評価を変えてはならないのです。

提案業者は、自ら提案したことに責任を負い、確実に実現する義務と責任を負っているわけで、もしそれが実現できないとなれば、それは大きな金銭的、かつ社会的な信用の失墜というペナルティを負う事になるのです。市職員も、そのルールを理解したからこそ「実績や実現性を評価に反映はしていない」と言い換えたのでしょう。但し、選定委員がこの原則ルールを理解していなかった疑いがあります。

さて、では提案の実現性については、ただ提案業者の言い分を丸ごと信頼するしかないのか?という疑問も出るかと思います。

過去にも問題になった実現能力

ここに興味深い事例があります。

久留米不具合記事

もう10年以上前の事例ですが、目玉として提案されて採択されたものの、この記事の通りうまく機能せずに問題となりました。キーデバイスが自社製でなく海外企業製ということで同情の余地もあるものの、この業者による品質や実現性の見積が不十分だった事例であり、納入業者の責は免れません。実は私もこの施設を訪問したことがあり、予定通りの上映を見られずにがっかりしたことはあったので記憶にあるのです。また、これ以外にも他社の光学式投影機の導入館を視察に行ったものの、光学式プラネタリウムが故障して機能せず、デジタル投影で代替されていて、やはりがっかりしたことがありました。(館による説明はなし)こうした思いを来場者にさせてしまうことは避けたいですね。この記事ではまさにこうした特殊な機器を選定するプロセスを問う内容となっています。

私はこの10年以上前の不具合そのものを今更どうこう言いたいわけではありません。誤解を恐れずにいうならば、高度に専門的な機器で、さらに先端的なものを目指すならば、リスクは避けえないもの。それを恐れていては進歩はありません。私たちも残念ながら、不具合でお客様に迷惑をかけたことはあります。しかし、重要なのはその後の対応です。また、自治体が巨費を投じて調達する以上、そのリスクを最小限にする努力は必要です。そのために、技術的な疑問点があるなら、その分野について深く質問をし、提案者の説明に矛盾や不明瞭さがあるかを確かめるべきだと思います。本来なら、技術面に精通した審査委員を置くことが必要かもしれませんし、それが難しければ、プレゼンテーションの後、質疑を複数日に分けて行い、疑問点は各分野の専門家を交えてクリアにするプロセスが必要でしょう。あるいは、もっと実演や実証を義務付ける等(そこに一定の費用が発生するならば、選定側が一定額を支給するなどの配慮も必要かもしれません)。そして、その企業の信頼性を真に問いたいならば、それを要求仕様や選定基準に明示した上で、過去導入実績における信頼度や対応姿勢を証明、ないし導入施設にヒアリングしてデータを評価するなどをすべきでしょう。これは今後の課題と言えます。

私たちの実績と保守の考え

私たちは、業界最後発ですから、実績などの面で最も評価されにくい立場であることはあらかじめ承知していました。なので、そもそもプロポーザルに参加すべきか否かを悩んだこともありました。スクリーン工事や内装も要求に含まれる中、建築に関する資格を持たない私たちがそもそも参加できるかが課題になったこともありました。しかし、北九州市は、そんな私たちが参加できるように、JV(他企業との共同体)での参加を認めるなどの多くの配慮をしてくれました。それは私たちへの期待だと受け止めました。

しかし、それでも過去実績と実行力を疑問視される事は想定し、私たちはプレゼンに先立ち、過去実績を多く紹介しました。そして、各導入施設の推薦状を審査委員に配布したのです。そのうちの1例を示します。

ロシア推薦状rev

内容的に、相手を特定する情報を伏せさせていただきましたが、メガスターに満足している事は理解してもらえると思います。

また、国内においてもユーザーコメントをいくつかの施設から受け取りました。良い面も悪い面も忌憚なく書いてくださいとの内容です。

かわさきの推薦状

また、以下のようなコメントも添えられていました。

かわさきの推薦状メール

如何でしょうか?

このような有難いコメントを頂くのは嬉しい事です。けれどそれにはちゃんと理由があります。私たちは後発故、先進性に着目されがちで、普通にしていると、それだけで信頼性を疑問視されやすい立場だと理解しています。公共事業では、これが大きな課題になります。だからこそ信頼性とサポートには特に気を使ってきました。機器は残念ながら、故障をゼロにすることはできません。だから、それを如何に最小限にするか。そしてそれでも起きてしまった不具合にどのように誠実に対応するか?瑕疵期間が過ぎた後の不具合であっても、私たちの設計上の問題が原因であれば、全て無償で対応したりしてきました。ただその場で直して終わりではなく、原因を見極め、根本的な問題を解決する事を常に意識してきました。電解コンデンサーひとつに至るまで部品の信頼性に敏感なのは、私は電源装置の研究に長く取り組んできた経験もあります。館ごとにカルテを作り、保守履歴をデータベース化しているのは、航空機の操縦ライセンスを取得して航空機の保守管理を学んだ事が参考になっています。古いパソコンで稼働しているプラネタリウム施設が、故障の不安と隣り合わせに運用し、故障すると代替部品が手に入らずに閉館を余儀なくされる事例を数多く見てきて、私たちは、部品を入手性に応じてカテゴライズし、将来的な入手性が危ぶまれる特殊な部品については、地理的に分かれた二地点での長期に渡る計画備蓄を行うなどの対応を進めてきています。

北九州でとった保守体制

北九州においては、地元のエンジニアリング会社と連携をとり、保守や維持管理に関するトレーニングを積ませて現地から一次対応をする体制を用意していました。どんなに優れた機器でも、安心して使っていただけねば、それは宝の持ち腐れになるという強い自負であり、それが私たちの何よりのプライドなのです。私たちも、自分たちの仕事が完全無欠とは思っておらず、まだまだ改善すべきポイントがある事はよく理解しているつもりです。けれど、問題点を包み隠さず、目をそらさず、単なる機能や性能ではなく、ユーザー満足度のために、何より他社よりも高い品質へのこだわりとプライドだけは、断言できます。なので、はっきりとした根拠もなく、ただ不安だ、実現性に疑問がある、といった漠然とした根拠で評価点を下げられることは本当に悔しいし理不尽を感じざるを得ないのです。私がこのような文書を公開することにしたのも、そうした問題点を少しでも多くの人に知ってもらい、今後、少しでもこの業界が、いや、すべての業界が少しでも良くなるための参考にしていただきたかったからです。

残されたアピール方法の課題

一方、今回、私たちが突き付けられた課題があります。アピールに関する方法。セールストークと言い換えてもよいです。私たちが一貫して抱えていたジレンマは「進み過ぎてかえって伝わらない」ことでした。

たとえばこんなことがあります。オリオン座の一等星ベテルギウスが一時期、予想外に暗くなったことが話題になりました。今回の選定委員も務めた解説員が、導入したての最新鋭機が、その減光をも再現できるようになった、凄いとツイッターに投稿されていました。

こうした、ユーザ側の満足を素直に伝えるのはすごく良い事だと思います。けれど、私たちの機器は、当然にように実現していた事でもあります。導入施設でもあたりまえにその機能を使っていて、私たちはそれを把握もしていませんでした。「1000万個の星を景色にあわせて隠すことができる=ベテルギウスの変光など朝飯前」、ということをどれだけの人が理解できたでしょうか。

こうしたことはままあって、1歩2歩の差であれば理解されやすいものの、それが5歩、10歩の差になってしまうとかえって分かりにくくなる。5歩、10歩の差は、それ以外の新たな価値を生み、それがかえって元の比較において優位性を示しにくくなる。やもすると劣っているように誤認されてしまうこともあります。実に多くの先進的要素を盛り込んだものの、提案書やプレゼンで出せる情報量の制限のため、そこを書ききれず、かえって他社の優位のように見られてしまう。このことは提案書作成段階から課題としていたことでした。ただ、このあたりは、業界内で新しい機種を使っている人なら、本来は簡単に理解できるはずの事だとは思いますけれど、12Kシステムの実現が信じてもらえなかったように「進み過ぎて分かりにくい」私たちにとって悩ましい課題が改めて浮き彫りになったのも確かです。

市を思う行政マンの志

最後に、北九州市の一職員の本事業への想いを知って頂きたく。ある人は北九州市の歴史的背景も踏まえて、この市には圧倒的な唯一無二の物がなんとしても欲しかった事。行政マンとして、この市を良いものにしたいという強い信念を語ってくれたことがあります。いわゆる「お役所仕事」という言葉がある通り、役人というと、保守的で事なかれ主義な人物をつい想起されがちだと思いますが、こんな熱い思いを持った人物もいるのですよ。私はこういう行政マンに何度か出会ったことがあるのでわかります。

でも彼はこの選定結果を受け入れ、その中でベストを尽くすしかないとも考えているでしょう。それも市のためです。だからその彼に迷惑をかけたくなく、こんな事を書くのは本当に心苦しかった。北九州市に限って無いとは思いますが、この事で彼が何か不利益を被ることはあってはならないし、もしそういう可能性を察知したら、全力で抗議せざるを得ません。

私もこのような事を書く事で、自社と自身が予想しない不利益を被るリスクを承知しています。けれど、このようなことが二度と繰り返されない事を願って、あえてここに記載させていただきました。ご参考になれば幸いです。

大平技研代表取締役社長 大平貴之

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