自#973「たとえ事務職であっても、病院に勤めていれば、病院のあの世界観の中で過ごす必要があります。向いている人は、いいでしょうが、向いてない人は、やっぱりきついと思います」

           「たかやん自由ノート973」

 ルシアベルリンの「ミヒート」を再読した。この短編は、ルシアベルリンのERものとジャンル分けすることができる。ルシアベルリンは、看護婦の資格は持ってないので、ERセクションで、事務職に就いているわけだが、緊急の患者が運ばれて来たら、事務職であっても、ナース的なメンタルで、患者に接する必要がある。ERのプロの医師もナースも、自分がやらねばならないことを、過不足なくやり切っている。必要以上に仕事をすると、そのしわ寄せは、他の仕事に廻ってしまって、他の患者のケアが不充分になる。
「ミヒート」を読む限り、医師も看護婦も事務員も、ギリギリの人員で、仕事をこなしている。が、ギリギリの人員だから、全員が、サボらず、きっちり役割分担して、タイトに仕事に従事していると言える。人員に余裕ができて、サボる人間が出て来れば、ERのタイトな緊張感は、失われてしまう。
 ルシアベルリンは、適度な距離を置いて、患者及び患者の家族を見ている。翻訳では「目をちょっと寄り目にする」と書いてある。患者や親たちの目を見れば、そこにある不安や疲弊や苦しみが、全部、自分の中に入って来て、根を下ろしてしまうと、説明している。 私たちは、子供の頃から、相手の目をまっすぐ見て、喋りなさいと、ずっと教えられて来た。今の若い人も、同じようなアドバイスを、聞いて来たと思う。が、相手の目をまっすぐ見て喋る大人など、まずめったにいない。絶対にまっすぐは見てない。微妙に曖昧にぼかしている。まっすぐ相手の目を見たりすると、逆に危ない人だと思われたりする。
 ルシアベルリンが、次々と、何らかの仕事に就くことができるのは、まず、アメリカ国籍を持つ、白人の女性だからってとこは、確実にある。黒人やヒスパニック、アジア系になると、就職の職種も機会も、幅も、大きく狭められてしまう。大学を出てるということは、それほど有利に働くわけではないが、スペイン語のトークや読み書きが、自由自在にできることによって、ヒスパニックの多い、USAでは、何らかの仕事に就ける。たとえば警察や裁判所で、ヒスパニックの容疑者の通訳の仕事をすることができる。ヒスパニックの従業員を多く抱えた会社で、マネージャー的なポジションに就くことも可能。ホテルなどの観光業界でも、スペイン語が自由自在に使えることは、やはり大きな武器になる。
 ルシアベルリンは、ERで、英語を話すことができないヒスパニック系の患者の訴えを、英語に直して、医師に伝える仕事をしている。ルシアベルリンが、働いているERは、クラッシュベイビーなど、ヤバい親のヤバい子供が、運ばれて来る小児科中心のERだと判断できる。
 五体満足に成長しそうにない乳幼児ばかり、どんどん運ばれて来る。ルシアベルリンは、働き始めた当初は「ひどい先天性異常のあるクラッシュベイビーに、何十回も手術をするなんて、とんだ税金の無駄遣い。そうやって、命を救ったところで、障害は残り、病院を退院しても、里親から里親へたらい回しの人生。2、3年しか生きられない子供いる」と、ネガティブに考えていた。が、たとえ、1年でも1ヶ月でも、少しでも生きることができれば、それはすばらしいことだと、最悪の労働条件の中で、必死になって手術をして命を救っている外科医の姿を見て、ルシアは、考えを改めた。ルシアも、一日、10時間勤務くらいはザラだが、当直の外科医は、休みなしに18時間くらいずっと働いていたりする。この世の中で、もっともhardで、超絶blackな仕事は、アメリカのERの外科医の仕事だと言っても過言ではないと思う。ERの外科医たちは、患者の命を救いたいという使命感だけで、自己の命を削って、働いている。こういう尊敬できるドクターが、身近にいれば、自ずとポジティブにモノゴトを考えるようになる。労働条件は悪い。報酬は、仕事量に見合ってない。が、やりがいは、他のどの仕事よりもまさっている。それが、アメリカのERの医師やナースや事務のスタッフの仕事だと推定できる。
 もう、四半世紀以上前の話だが、K高校時代の教え子のYくんからウチに電話が掛かってきた。奥さんが妊娠して入院していたので、「子供が生まれました」という知らせだと予測していた。Yくんに
「子供は生まれたのか?」と聞くと
「ヤバいです。内臓が全部、身体の外に出ているんです。救急車で、清瀬の小児専門病院に運ばれて行きました」と、Yくんは暗い口調で私に伝えた。私は、姫路の国立病院の小児科部長をしている先輩に電話をかけて
「教え子の子供なんですが、内臓が全部、身体の外に出て、生まれたらしいです。ちゃんと育ちますか?」と訊ねてみた。
「清瀬の病院だと、設備も整っている。心配ないよ。内臓は繋がっているだろうし、つながってなければ、手術で繋げばいい」と、先輩は安心させるような返事をした。結局、一ヶ月くらい、内臓のそれぞれを、洗濯物を竿にかけるように横棒にかけて、癒着を防ぎ、その後、内臓を身体に収めて、無事、成長した。母子ともに、健康だったが、夫婦は別れた。が、一緒に暮らしている。よく解らない。税金対策か何か、かもしれない。
 私は病院嫌いだが、外科医の存在は認めている。外科の手術は、ジャストのタイミングであれば、有効だと思う。私は、医者嫌いというよりは、薬嫌い。薬のビジネスは、私の倫理観とは相容れない。
 障害児が生まれると、その結果として、家庭が崩壊することはある。離婚する。責任転嫁する。誰かを責める。酒におぼれる。兄弟たちが反抗から問題行動に走り、さらなる怒りで、家庭が修羅場になる。
 が、それよりはるかに多く、夫婦や家族の絆が深まり、対処する術を学び、助け合い、本音をさらけ出し、愚痴を言えるようになる。天に感謝するようにもなる。と、云った風なことを、ルシアベルリンは、書いている。
 ERの仕事は、やりがいもあり、天職だとも感じた筈だが、残念ながら、途中で、リタイアした。酒で失敗した。次々と、仕事を変えたのは、結局の所、最後、酒でしくじったからだと推測できる。
 最晩年に、ルシアベルリンが暮らしたのは、コロラド州のボールダー。ボールダーは、デンバーの少し北側の街。街中に酒屋はない。大学の寮のパーティも、フットボールの試合も、誰も酒を飲まない。タバコも吸わない。牛や羊の肉も食べない。アイシングのかかったドーナツも忌避する。ギャグもいなければ、人種差別もない。アメリカで一番、安全で健全な街(perfectなモルモン教世界だと言っていいと思う)。ルシアは、この街に来る前に、アルコール中毒は克服している。が、時々、この健全で幸せな生活を、ぶっ壊してやりたいという衝動に駈られる。ルシアベルリンが、それをやらなかったのは、酸素ボンベが手放せなくなって、もう半病人になってしまったから。最後が、その状態で、良かったのかどうかは、解らないが、そういう運命だったんだろうと思う。

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