自#608「東晋の法顕が、天竺(インド)に求法の旅に出た時、63歳でした。行きは徒歩。天竺に到達するのに6年間も、かかっています。帰りは船で、帰って来た時は、76歳になっていました。法顕の100分の1くらいの根性と勇気があれば、日本全国を、徒歩で漫遊することくらいは、できそうな気がします」

      「たかやん自由ノート608」(ホモモビリタス④)

 ホモモビリタスは、「移動する人」ですから、ツールは何を使っても移動ができれば、それはモビリタスなactivityだと言えます。空を飛ぶ交通手段を使っての移動は、私は、基本、想定していませんが、世間の常識は、空を飛ぶことが、もう当たり前になってしまっています。狭い飛行機の座席で、10時間以上もあの窮屈なちまちました座り方を要求されたら、時差による生活のリズムの乱れも影響して、往々にして、エコノミー症候群に陥ってしまうということは、充分に考えられます。
 ヨーロッパのような、果てしなく遠い未知の世界には、明治の初めの岩倉使節団のように、船に乗って、二ヶ月近くの日数をかけて、ようやく辿り着くのが、やっぱり王道だろうと思ってしまいます(岩倉使節団は、帰り、1873年7月20日に南仏のマルセイユを出て、1873年9月13日に横浜に帰着しています)。二ヶ月かかる行程を、北極回りのジェット飛行機を使って、12、3時間に短縮してしまったら、それは、やっぱりどっかに強烈な負担がかかり、エコノミー症候群とかもきっと誘発してしまいます。
 シンガポールに行ったことはありませんが、地図で見る限り、シンガポールの国全体も、市街地も、そう大きいとは言えません。市街地は、東西、せいぜい10キロくらい、南北もそれくらいです。国全体も東西30キロ、南北20キロくらいのスケールです。二日もあれば、シンガポールの国の海岸沿いを、ぐるっと徒歩で一周できます。市街地であれば、市街のどこからでも、街の中心地に、徒歩で、一時間も歩けば、到達できます。
 私は大学生の頃、京都で、しょっちゅう漫遊していました。京阪沿線の丹波橋に親友のHが下宿し、もう一人仲の良かった、高校の同級生のKは、上賀茂神社の近くに住んでいました。四条河原町で飲んで酩酊しても、一時間半くらい歩けば、二人のどちらの住まいにも辿り着けます。「こんな狭い街で、タクシーとか必要ないやろ」と、その頃、普通に思っていました(ちなみに、かつてタクシーに乗ったことくらいはありますが、病人を病院に連れて行くとか、荷物を運んだりした時に乗っただけで、単なる移動で、タクシーを利用したことはありません)。
 シンガポールは、京都くらいの大きさの街だと想像していますが、現在、空飛ぶタクシーを開発中だそうです。狭い所に人が、どっさり集まっていて、地上には車が溢れて、渋滞してしまうので、じゃ、まあ空飛ぶタクシーで・・・という発想なんだろうと推測できます。2023年内には、実現化を目指しているそうです。2023年ですと、あと2年後です。もうあらかた完成している筈です。
 eVTOLという名称も、すでについています。eはelectric、Vはvertical、TOLはTake-Off and Landingの略です。eVTOLを直訳すると、電動垂直離着陸機。まあ要するに、ヘリコプターです。垂直にすーっと上昇して行くことができます。垂直移動できますから、滑走路は不要です。ビルの屋上(いやビルの屋上じゃなく、そこらの草むらでも全然いいです。ですが、そんな土管とかが転がってそうな、アリさんが沢山いる草むらなんて、シンガポールの市街地には、もう存在してない筈です)に一定のspaceを拵えておけば、そこで離着陸できます。アニメのサイコパスや攻殻機動隊で、しょっちゅう見かけた、垂直離着機の空中移動が、2023年以降、シンガポールでは、ごく当たり前にように行われるわけです。が、空中移動をするeVTOLの交通整理を、いったい誰が、どういう風に行うんだろうという素朴な疑問も、やっぱり抱いてしまいます。
 eVTOLは、最大時速110キロだそうです。そんな速いspeedを出したら、たちどころに、シンガポールから、他国の領空に突入してしまいます。110キロ同士が、衝突すれば、確実に両機ともに、大破します。このeVTOLを開発したのは、ドイツのボロコプターというベンチャー企業だそうです。文化祭のノリで、そこらに段ボールを敷いて、寝泊まりしながら、空飛ぶタクシーを開発して、エンジニアたちは「We did it !!」と、快哉を叫んだと思われますが、原発を止めて、温室効果ガスの排出ゼロを、目指しているドイツの企業が、空飛ぶタクシー開発をしてしまったのは「?」って気もします。石油を使わない電気ヘリコプターだから、エコだというコンセプトなのかもしれませんが、電力発電をするためには、まだ当分の間、大量の石油を使い続ける筈です。
 ボロコプターは、シンガポールだけでなく、2025年の大阪万博でも、有人飛行を目指しているそうです。大阪万博が、大阪のどこで開催されるのか、全然、知りませんが、大阪だって、そう大きな都市ではありません。難波や心斎橋の上空のそこかしこに、空飛ぶタクシーが、行き交っているとかって光景を見たくはないです。
 毎日、玉川上水沿いの遊歩道を走っています。遊歩道の南側にマンションが建っている区域では、昼間のほとんどの時間帯、日が当たりません。夏は、涼しいんですが、冬は寒いし、何よりも空の景色が、一部しか見えません。日本国憲法の基本的人権の中には、列挙されてませんが、人間には空を見る権利だって、普通にある筈です。鳥は、自然な生き物ですから、鴉がヒッチコックの「鳥」のように、どっさり集まっていても、まあ、しょうがないかなと我慢しますが、空飛ぶタクシーが、そこら中を飛び交っていると、明らかに景色の妨害になります。なおかつ騒音もそれなりにある筈ですし、空飛ぶタクシー同士が衝突したり、パイロットが突然、意識不明になったりして、落下して来ることも、考えられます。記事を最後まで読むと、「天気の急変や鳥との接触など、突発的な環境の変化への対応など課題が多い」と記してあります。天気の急変なんて、普通にしょっちゅうあります。鳥だって、そこらにいくらでも飛んでいます。どう考えて、安全性に問題ありだなと、小学5、6年生でも、容易に判断できそうな気がします。が、eVTOLが、ビジネスを動かし、金を生み出してくれるんだったら、「やっちゃえ、空中タクシー」というノリなんだろうと推定できます。
 世の中のことは、高校生くらいの常識があれば、本当にほとんど全部解ります。ビジネスが回るんだったら、戦争だって辞さない、それがリアルの人間社会です。ですが、純心、純朴な高校生(高校生は、大人よりはるかに純心、純朴です)に、大人社会のエゴイズムを、教え、伝え、ずる賢く生きていくようにアドバイスすることも、時には必要です。まあ、必要悪だと、そこはもうとっくに割り切っています。
 空飛ぶタクシーの移動で、happyになれるとは、正直、とても思えません。便利と、happyとは、ダイレクトには結びつかないし、時に、反比例すらしていると、私は想定しています。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?