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ロンドンで出会ったとにかく明るい中年男性が、目の前で世界を変えていく話。


ロンドンで出会った男性から帰国後に突然、「ご飯にいきませんか?」とメッセージが来た。総移動距離4万キロ、地球一周。半年間の不思議な旅が始まった。


2023年6月、ロンドン。



カラッとした天気が続くロンドンで過ごすには最高の季節。ハマースミスアポロというイギリスの名門シアターにて、世界的オーディション番組「Britain’s Got Talent」の準決勝が行われていた。自分はとあるパフォーマーの演出・企画で現地入りしていたが、数万件の応募から予選をくぐり抜けた40組の中に、後に一緒に行動を共にすることになる彼も残っていた。


準決勝は各ブロックに分かれ4-5日間で毎日行われ、それぞれから通過者が発表される仕組み。最終日翌日に決勝リハーサルが行われ、その翌日に生放送での本番という怒涛のスケジュールだった。各国によって運営方針の違いはあるも、基本的にゴットタレントシリーズでは順番も香盤もギリギリまで知らされないことが多い。拘束時間も長いため日本人チームは行動を共にし、親交を深めながらお互いの勝利を願っていたが、惜しくも我々含む日本勢は準決勝で全滅してしまった。


深夜に受け取ったメッセージ。


準決勝収録後、22時を回っていた頃。遅くまで開いている火鍋屋で打ち上げをしていた時に、番組側から一通のメッセージが届いた。その内容は、準決勝で敗退したはずの彼が「敗者復活枠(WILD CARD)」として出場が決まったというものだった。小道具も映像も音ネタも準備がなかったが、本番は2日後、生放送の40時間前。編集機材をたまたま現地・ロンドンに持ち込んでいた自分がサポートを急遽担当をすることに。その場のテーブルにいた全員の、火鍋を食べていた手が止まりネタ出し会議が始まっていた。


リハーサルという名の、



翌朝を迎える。ネタ候補は番組サイドに都度送るも、著作権や番組側のチェックが入るため、そのままどのネタが使えるかはわからないまま。(結果的にかなり変更も入り、番組側の演出も多いに取り入れられた。)内容も固まり切っていないなか、リハーサルが開始。というよりも、舞台上でネタ作りが始まった。場当たりの間に彼の効果音を楽曲「QUEEN - Don’t Stop Me Now」に当て込む作業をほぼほぼリアルタイムで実施していた。

本番前日ながらも小道具に変更の要請を出したり、ギリギリの調整を続けている中。彼は勉強中の英語とボディランゲージで、ダンサーたちと仲良くなりながら指示を出していた。周りの決勝進出者はセットを作る時間的余裕もあったなか、直前に出場が決定した彼だけが、ほぼ「素舞台」でのステージに挑むことになるのだった。


ライブ・エイド。



当日。本番までの記憶はほとんどない。直前リハで流れた音源が修正前バージョンだったので、生放送までにちゃんと差し替えられたか気が気じゃなかったが、いざ本番の彼のパフォーマンスを見ると、全ての不安や連日の疲れを吹っ飛ばすものだった。何千人の観客を裸一貫で盛り上げる姿は、フレディ・マーキュリーさながらの勇姿に見えた。日本人史上初の決勝進出ということもあり、日本では速報でニュースになっていたそうだ。

収録後は時間も遅く、ホテルに戻るとUberEATSでロンドン最後の晩餐食べていた。まだその場では誰も実感はなかったが、一人の人生が日本から遠く離れた地で、予想もしない方向へと変わった瞬間だった。その日、自分でもほとんど忘れていたが、32歳の誕生日を迎えていた。


ロンドンから東京へ。


ロンドンで彼や日本から来たチームと別れ、自分はバルセロナとパリで別の仕事を経て帰国。彼から連絡をもらい、企画や動画で一緒に海外を回るようになってから、気がついたことがある。あの当日も、フランスのゴットタレントでも、ましてやエディンバラの路上でも。彼にとってはどんなステージも、これまで数千回立ってきたステージの中の1つに過ぎないのだなと。


だからこそどんな大きい舞台でも考えすぎず、ネタ中はカンペや通訳すらつけず(英語もわからないのに)、持ち前の彼の明るさで日本中・世界中を笑顔にできるんだなと。今まで何百人というアーティストに会ってきても、あれほどまで「場慣れ」という言葉が似合うアーティストは見たことがない。


何にも頼らず体一つで、一日で何ステージもこなし、二十数年も活動を続けてきた人間の勝負強さは、伊達じゃない。色んな国を共にして、あの日フレディの姿が重なった理由がわかったのだった。



東京から世界中へ。


それからというものの目まぐるしい日々だった。いろんな場所を一緒も回ったり、海外で裸NGで怒られてみたり、YouTubeをはじめたり、仲間たちと曲を作ってみたり。イタリアやフランスの放送を待ち昼夜が逆転したり。この案件をきっかけに自分は別の海外仕事も一気に増えた。一時期は時差とストレスで爪は根元から剥がれ、エアポッズが中耳炎?で血がつき、片耳が聞こえなくなった。


12月24日はミュージックステーション特番、二回目の流行語大賞にもノミネート、大晦日は紅白歌合戦にもゲストで出演。偶然にも紅白はゲストでQUEENも出場し、彼がイギリスの番組の決勝でも使用した「Don't Stop Me Now」を披露するそうだ。


事実は小説よりも奇なりという言葉が、こんなにも似合うシチュエーションがあるなんて。年末の最後の最後まで、何が起こるかわからない半年だった。気がつくと総移動距離は40000kmを超え、地球を1周していたころだった。



勇気と深い愛。


そしてもう一つ。本人も知らせていないが、編集中に気がついたことがある。BGT決勝で使用した「Don’t Stop Me Now」の歌詞に「Lady Godiva(ゴディバ夫人)」という人物が出てくる。


"「ゴディバ」の名は、11世紀の英国の伯爵夫人レディ・ゴディバに由来します。「ゴディバ」のシンボルマークである、馬に跨った裸婦こそが、重税を課そうとする夫を戒め、苦しむ領民を救うために、自らを犠牲にした誇り高き彼女の姿です。"  出典: https://www.godiva.co.jp/about/episode.html 


あのチョコレートの名前の由来にもなっている人物で、裸で馬に跨がり、苦しんでいる民たちを救ったとされる、「勇気と深い愛」の象徴だそうだ。



裸という象徴。



世界的にも戦争は止まらず、日本のHIP HOPでもギスギスとした話や、信じたくないような芸能業界の話も毎日のように耳に入っていた年末。


だからこそ今、言葉もいらない、誰も傷つけない彼のようなとにかく明るい人間が必要だなと改めて思うし、2024年も彼が止まることなくこのまま世界で愛される、ゴディバ夫人のような平和の象徴となると、更に奇妙で面白い話だなと。この物語がどうなっていくのかは誰にもわからないが、いつか出典先として機能するよう、この話の主人公の名前をここに。



彼の名を、
とにかく明るい安村という。





・記載されている内容について
この話は既に本人から外部メディアに既に語られている話を元に、筆者自身の視点や動きを加筆したものです。現段階で一般未公開の内容は含まれていません。

・関係者のみなさまへ
本内容は当人所属会社の担当者さま、パフォーマーの友人、動画編集メンバー、楽曲制作チームやMVチーム、PRチーム、他沢山の方々のご協力やご縁で成り立った、自分もほんの少しだけお手伝いした奇跡の話です。改めて各所でお世話になった方々にお礼申し上げます。

・続き
今後の展開に興味を持っていただいた方は、是非YouTubeで更新されていくのを待っていただければと思います。
https://www.youtube.com/@Tonikaku_TONY_Yasumura

※追記:この文章は2023年の年末に書いたものです。この文章をを書いていた時には、このような年明けになるなんて思ってもいませんでした。今回の地震の被災者の方々へお悔やみとお見舞い申し上げます。まずは安全・ライフラインの確保や募金などやれることを考えつつ、エンターテインメントを生業にしているものとしても、こんなときこそ自分たちだからこそやれることを、模索します。

※追記2:MC TONYによる、被災者支援へ向けたチャリティーライブを1/20(土)にManhattan Records Shibuyaにて行うことにしました。限定グッズの売上利益は石川県を中心とした被災地への支援金になります。詳しくはSNSをご覧ください。
https://www.instagram.com/p/C1tS4lbyNoW/?img_index=1

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