しゅんかしゅうとう

きせつは夏。夏の朝。さっき起きたばかりというのに,おひさまはずいぶんと高く、まばゆい光がまどぎわにおかれたアサガオのはちにあたっています。
耳をすませば,せみの声。「ミーン,ミーン。」「ジジジジジ。」いろんななき声が聞こえてきます。
「あら,おきてたの。」
おかあさんが入ってきました。
「うん。今日は,せみの声がすごいよ。」
「そうね・・。替えのパジャマをもってきたから,あとできがえといてね。」
「うん。あのさあ・・。」
「なに?」
「せみってさあ,土のなかに・・。」
「あ,ごめん。おかあさん仕事に行かなくちゃ。きがえ,ちゃんとすませるのよ。」
おかあさんは,あわててへやを出ていきました。

 きせつは,秋になりました。秋の朝です。昨日はとてもよく晴れてあたたかかったのに,半そでのパジャマでは少しさむさもかんじます。
まどの外を見るとモワッとしたけむりみたいなものが見えました。きりでもかかっているのでしょうか。へやの中にいると、くだものややさいのにおいもしてきます。耳をすませばとおくに子供たちの声。楽しそうな音楽も聞こえてきます。
「うんどうかいのれんしゅうかな。」
となりのベッドのおじいさんが言いました。
「あ,あの,おとうさん。そういえばもうすぐ,おすもうが始まるみたいよ。」
おじいさんのおみまいに来ていたおばさんが,カーテンをしめながらひそひそ話をしていました。

 きせつは,冬になりました。冬の朝です。けさは,さむさで目がさめました。へやにはだんぼうがいれられていますが,それでもさむくて,おかあさんが引き出しにしまっておいてくれていたくつしたを取り出してはきました。
まどから外のけしきを見ようようとしても,ガラス窓がくもっていてよく見えません。
「雪がつもってるわよ。」
「えっ。こまったな。車だせるかな?」
ろうかから人の声が聞こえてきました。
「ゆきかあ。」
ぼくは心のなかで,そうつぶやきました。もちろん雪は知っています。白い雪。冷たい雪。でも,つもった雪は見たことがありません。
「雪だるま作りたいな。」そうおもったとき,あたたかいおしるこが運ばれてきました。

 きせつは,春になりました。春の朝です。なんだかフワフワしたかんじがします。元気なのにねむたくもあり、ぼんやりベッドですごしていると、おかあさんが入ってきて窓をあけてくれました。
「あら。いつのまに。」
まどぎわのプランターにうえていたチューリップが大きくなって,明日にでも花を咲かせるかのようにつぼみをふくらませています。おかあさんは,それを近くまでもってきて見せてくれました。
「さて,どんな色の花がさくとおもう?」
「えっ?」とこたえたのは,わからないからではありませんでした。だって黄色みがかったうすい緑色のチューリップのつぼみは,やせた桃のような先っぽから,ちょいと赤い色をのぞかせていたからです。
「赤だよ,ぜったい。だって,もう見えてるじゃん。」
「ハハハ。ばれたか。」
「ばれすぎだよ。もう。」
「キャハハハ。」
 「ハハハハハ。」
久しぶりに声を出してわらった気がします。お母さんとぼくは,しばらくわらいが止まりませんでした。
「おかあさん,へたくそすぎだもん。どんな色の花がさくのか分かんないうちに聞いてくれたら、当たるかどうか楽しみにまっていたのに。」
「なによ,なまいき言って。うーん。まあ,たしかにね。でも実は,おかあさんも何色のきゅうこんを買ったのか,ぜんぜんおぼえてないのよ。だってさ・・。」
すると,そのときでした。
「ちょっといいかな。」
きゅうに白いふくを着たしゅじいのせんせいが,びょうしつにはいってきました。
わらっていたおかあさんのかおがいっしゅんで変わり,時間が止まったようでした。
「たいいんです。入学式に出れるよ。」
「え?たいいん・・。先生ほんとですか。ほんとにほんと?」とお母さんが声をつまらせながら泣きくずれています。
あいていたまどから,咲き始めた桜の花が見えました。

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