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【個人】今日の当たり前は、明日の当たり前ではない。

こんにちは。奈良です。
今回は、知人の方の悲報を受けてこちらをいま書いています。

この知人の方は以前、お仕事をご一緒させていただき、契約期間が終了してからも定期的にプライベートなことなどもやり取りさせていただいていた方です。物理的には離れていましたが、お互いにリスペクトし、社外の人間同士でしたが、お互いに心を打ち明けられた関係の方でした。

天真爛漫で、素直で明るく、まっすぐで、笑顔が素敵で愛される方でした。僕自身にはない素敵なエネルギーや、年齢関係なく人を惹きつける人間性を持たれており、とても素敵な方でした。

1ヶ月ほど前にもメッセンジャーでやり取りし、「海外へ挑戦して自分の現在地を知りたい」という素敵な決断を報告してくださったので応援のメッセージを送ったり、先日もSNSでの僕の投稿に対してスタンプで反応をしてくれたり、自分にとっても刺激をいただけたり、当たり前の日常に常にいてくださる方でした。

これから未来ある一歩を歩もうとされていた矢先の出来事で、当たり前のやり取りができなくなると思うと、正直信じられない気持ちでいっぱいだし、SNSのアカウントはあるのに、その先にその人がいないということが実感できず、言葉になりません。

2〜3年、リアルで会っていないこともあったので、突然の悲報で信じられない気持ちと、あまり実感が湧かないのがリアルな今の心境です。

ただ、間違いなく言えることは、自分にとっては仕事を通じて出逢った方々の中でも特に大切な方の一人でした。今回の件を単なる出来事で終わらせないためにも、もしかしたら神様は何か自分に学ぶこと・気づいてほしいことがあって、このような出来事と巡り合わせていると感じます。

人とのご縁は感謝すべき素敵な出逢いであり、そんな人たちとの当たり前の日常は、もしかすると明日には当たり前ではないかもしれない。そして、そんな当たり前の日常を過ごせることに、感謝すべきであるということ。


当たり前に生きている今日という一日は、誰かが本当に生きたかった日なのかもしれません。だからこそ、誰かが生きたかった今日を全力で生き、誰かのためになる明日を創り出す。そんな毎日を積み重ねていく責任があるのではないか。

もしかしたら、神様はそんなことを僕に伝えようとしているのかなと、勝手に解釈をしながら、この現実を受け入れている状況です。

当たり前の日常に感謝をし、当たり前が当たり前に続くわけではないことを心得て、自分が地球上に生まれた使命をまっとうしていきたいなと思います。

この方ができなかったこと、挑戦したかったこと、大切にしていた想いを胸に、その分も勝手に背負い、自分の人生を最大限に謳歌し、社会のためになる価値を生んでいきたいと思います。生半可な気持ちで、中途半端に生きていては申し訳ないので、一日一日を積み重ねていきます。

最後に、心からご冥福をお祈りします。
本当に今までありがとうございました。

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