40代男性、某テレビ局・関連会社社員です。私の人生のこれまでと今後について、ご教示下さい~高須賀の人生相談~

今回の人生相談は、これまでのキャリアに対する人生戦略の評価と今後の方針についての相談です。


いつもなら要約して質問文を載せるのですが、今回は原文の方が雰囲気が伝わるかな、と思いそのまま載せることにしました。良い機会ですし、これを読んだ皆様も各自回答を作ってみてはいかがでしょうか。


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人生相談受付中。希望者はnoteのクリエイターサポートで1000円+メッセージ(長くなりそうなら複数に分けるか、twitterのDMでまとめて送ってください。DMは誰からも受け取れるように設定してあります)を添えて応募ください。医学系の治療方針に関わる質問については受け付けません。回答は一週間以内になんとか出します。
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以下質問者様スペックとデータ。

私の人生のこれまでと今後について、ご教示下さい。

40代男性。妻子有
高専卒
某テレビ局・関連会社社員
技術系内勤
年収500万程度


私は今、キャリアに行き詰っています。
待遇改善を目指し、テレビ技術で必要とされる無線の国家資格を取得した24歳から、テレビ局正社員の中途採用を10社近く受け、書類選考はほぼ通るものの、面接を1回も突破できず、転職限界年齢と言われる35歳をゆうに超えてしまいました。


私の人生を振り返ると、最近になって気づいたのですが、おそらく私自身がアスペルガー症候群(診察は受けていません)だった為か、物心ついた時から内気な性格で運動神経が極端に鈍く(喧嘩も弱い)、当時の子供としては珍しいアトピー性皮膚炎も患っており、肌が汚い、痒いの四重苦でした。


また、既に亡くなった父もおそらくはアスペで、常日頃から「うちはレベルが高い家だからレベルの低い友達とは付き合うな」という風な事を公言している様な偏屈な人だった為か、私も喧嘩が弱い癖に偏屈で、同級生から見たら典型的なイジメの対象になる様な子供でした。


中学卒業後は私が卒業した高専とは別の高専に落ちて、地元の工業高校に進学しました。家庭の事情で私立という選択肢はなかったのと、郡部に住んでいた為、県庁所在地の普通高校が学区外で(当時の普通高校は学区外の生徒は全生徒の5%しか入学できなかった)、私の偏差値では厳しかった為、リベンジで高専の4年次編入学試験に合格する事に賭けると決め、学校推薦を取る為にあえて偏差値の低い地元の学校に進学しました。


当然、成績はトップクラスになりましたが、偏屈だったのが災いしたのか、友人を一人も作る事ができませんでした。それでも高専に進学したらバラ色の人生が待っていると信じて3年間我慢しました。ちなみに高校は3年間皆勤賞でした。

そして、いざ高専に進学してみると、今度は成績がブービー賞となり焦りまくりました。そもそも工業高校と高専では学習レベルが全然違う上に、無謀にも専攻を変えてしまいましたので、当然と言えば当然の結果なのですが…。


さらに運動神経の鈍さは相変わらずな上に、中学卒業時に高専に落ちているという(しかも私が中学で落ちた高専は在籍した高専より偏差値が下でした)劣等感をずっと感じており、卒業まで同級生と対等な立場で付き合う事が出来ずに苦しい2年間を過ごしました。

それでも、卒業時には成績が多少上がった事、卒業旅行で同級生が「君をイジメてた様になってごめん」と言ってくれた事が嬉しかった事を覚えています。


そして、現在の会社に入社したら、今度はテレビ局員との様々な格差に悩みました。収入面はもちろんですが、研修内容、仕事の裁量、立場。トドメは人間力…全てが下に感じました。


41歳となった今では大丈夫ですが、入社当時は自分自身と会社に絶望していました。そこで、無線の資格を取っていずれはテレビ局員へ中途採用…と思う様になりました。現に私以外に何人か、弊社からテレビ局員への転職を実現した人がおり、決まったという話を聞く度に羨ましく思っていました。いつか私もと思ってるうちに時間切れとなってしまいました。


ここで私の敗因を分析すると、中学で高専を落ちた段階で普通高校へ進学するべきだったと考えます。高専に入るまでは憧れが強く、高専に進学すれば人生バラ色だと思っておりましたが、いざ高専に入ってみると、普通高校→国立大の進路を選択しなかった事を多数の同級生が悔やんでいました。


中学当時、自分の偏差値で国立大学なんて絶対無理と思っていましたから、この様な裏技?を実行しましたが、回り道をせず、普通高校に通い真面目に大学受験を全うできれば、もっと良い結果を出せたのかもしれないと思っています。もっとも私立高校に行くのに親を説得する必要があったので、たらればでも無理があるのかもしれません。


もう一点は20代のうちに早々とテレビ業界に見切りをつけておけばよかったかなという点です。今ではすっかりテレビ業界は斜陽産業となりましたが、20代当時は仕事に対して負けん気があり、キャリアアップの為に何かを得ようと必死でしたから、仕方がなかったのかもしれません。


今にして思えばアスペ特有の拘りが多分にあったのかなと思います。年収に不満があるんだったら、テレビ業界に見切りをつける事も視野に入れれば違う人生があったのではと悔やまれます。


また、中途採用で面接が一回も突破できないのは、第一には学歴・経験不足があると思いますが、アスペだからという事もあったのかなと思っています。特にマスコミ関係は電通を筆頭に未だに体育会系気質が残っていますので、私みたいなアスペ野郎に総合職は厳しかったのかなという気がしています。


以上を踏まえまして、私のこれまでの生き方について、ご教示頂ければ幸いです。また、40歳過ぎた専門職の中年オヤジがスキルアップできる事と言えば、英語ぐらいしかないと思われますが、如何でしょうか?


国家資格に関しては、私的には仕事に関係ない資格を取得しても完全に無駄であるという結論に達していますが、英語に関しても今はグーグル先生がありますから、絶対的な必要性を感じる事が出来ずに何もできていない自分がいますが、学生時代苦手だった(避けてきた)英語ができると、何か自分が変われるかもしれないという強い思いもあります。


以上、私の人生のこれまでと今後について、ご教示頂きたく思います。


~以下高須賀の回答~

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