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泉の主

昔の話、飛騨の山奥に小さな村がありました。
その村には、[おとき]という女がすんでいました。
おときは、とても気立ての良い娘でした。
「おけいさん、おはようございます」
「おときちゃん、おはよう。早いわね」
「はい、お天道様が上がらないうちに水汲みを済ませてしまおうと思って」
「うん、そうだね、それがいい」
「では、いってまいります」
おときは山の中腹あたりまで行き、桶に水を8分目ほど汲んみました。
桶を担いで、さあ戻ろうと思ったその時―
サーっと涼しげな風がすり抜けました。
かすかに感じるなんとも不思議な香り、おときは風の吹いて来た
方向に目をやりました。
数十間(一間=1.8m)離れた所がキラキラと輝いていました。
おときは惹かれるようにそこへ向かいました。
そこは木々に囲まれた中にぽっかりと空いた場所であることが
分かりました。
太陽が差し込むその場所は、きれいな泉でした。
太陽光が泉に反射してキラキラと輝いていました。
おときは、その光景に呆然としました。
何度もこの場所には来ましたが、
こんな場所があるなんて知りませんでした。
泉の美しさにも驚いきましたが、その静寂さも不思議に感じられました。
さっきまで聞こえていた動物や虫の声が全く聞こえてこないのです。
おときは急に恐ろしくなりました。
きびすを返し、桶を担いで足早に村へと帰りました。
「おっかあ、今かえっただ」
「ああ、おかえり」

「ごちそうさまでした」
二人は両手を合わせて、晩御飯をすませました。
「おっかあ、小さい頃に話してくれた、森の神様の話してくれん」
「ああ、ええよ」

【昔、ある猟師が山に入った時の事
雁を3羽ほど捕まえて、あとは山の幸をいくらか採って
帰ろうかと思っていた時
ガサガサと茂みが大きく動いた
(大物だ)そう思った猟師は猟銃を構えた
茂みから出てきたその動物は見たことの無い姿をしていた
その姿を見た猟師は一瞬固まったあと、引き金を引いた
すると猟銃は爆発し、大けがを負ってしまった
その動物は銃の音に逃げることもなく、じっとその様子を見ていた
男の頭の中に声が響いた
『お前は、我を食すつもりか』
頭の中に響く重厚な声に男は肝をつぶした
(いいえ、そのようなつもりはありません)
心の中でそう答えた
『ならば、なぜ我を撃ったのだ』
(びっくりして引き金を引いてしまったのです)
『最近、森の動物が減ってきている
おぬしら人間の殺生によるものである』
(しかし狩りをしなければ食べていけません)
『ならば、自身の手で作るのだ』
(ですが食料を作り出す術がありません)
『明朝、広場に村人を集めよ』
次の瞬間、男は意識を失った

男は自分の家で目を覚ました
「お前さん、大丈夫か?」
男の嫁が心配そうな顔をしながら聞いた
男はがばっと飛び起きた
自分の体をペタペタと触って確認した
「ケガしてない?」
ふと傍らを見ると、山で捕ってきた雁が置いてあった
「お前がここまで運んできたんだか?」
「何言ってるだ、自分で帰ってきたんでないの?」
「そうか」
「ちょっと村長のところさ行ってくる」
男は村長の家に行き、昼間の出来事を話した

明朝、広場に集まった村人たち
山の主は自分たちで食べ物を作り出す方法を教え
山での無益な殺生に対しては山の者が厳しく裁く事を伝えた
以降、狩猟は禁止となり自分たちで食料を作るようになった】

「うちの村がやっていけてるのは山の神様のおかげなんじゃ
畑がダメな時には山の幸が沢山取れたり
山の神様がうちらの暮らしぶりを見てくれているんじゃ」

ある日、村の子供が山に入ったまま夕方遅くになっても帰りませんでした。
村人たちは山を捜索したが、その日はとうとう見つかりませんでした。
「おけいさん、大丈夫?」
「おときちゃん、あの子はどこへ行っちゃったんだろう」
一睡もしてないであろう疲れた顔でそう答えました。
おときはふと、あの泉の事を思い出しました。
泉の淵についたおときは静まり返った泉に向かい
「神様、男の子が山に入ったまま帰ってこないんです」
「神様、どうか男の子を見つけてください、お願いします」
ひと時の静寂のあと、おときの正面の木々が二つに開けました。
まばゆい光に包まれ、とても大きく、オオカミのような、鹿のような、
馬のような、見たこともない姿をしていました。
『女よ、以前にも来たな』
「神様お願いします、どうか見つけてください」
『・・・ああ、あの子供であるな』
「ご存じなんですか」
『山の者より聞いておるその子供は山の動物に対し無益に殺生を行った』
「助けていただくわけにはいきませんでしょうか」
『山の掟はわかっているはずであろう』
「子供ゆえに、なにとぞご容赦を」
『掟は掟であろう、村があるのは掟を守っていたからだ』
「はい、おっしゃる通りでございますが・・・」
『ならばおぬしが身代わりとなるか?』
「―わかりました、私が代わりになります」
『よかろう、子供は返してやろう』
「ありがとうございます」

子供は村に無事に村にかえりました。
おときは戻りませんでした。

その後、山で迷った者が美しい鳥に導かれて帰って来る事が
何度かありました。
村人たちは、それを精霊の導きと呼びました。
もしかしたらおときの生まれ変わった姿だったのかもしれません。
それから、山の掟を破る者は一人もいませんでした。

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