見出し画像

『夏のアロマティカ』❶ 瞬間が織り成す絆


都会の躍動を背負いつつ、七月の太陽が熱を帯びたアスファルトを照り返している。その陽炎のなかで私は、瞬きを忘れるほど集中して遠くのバス番号を探した。第32番のバスが、年月を重ねたかのような堂々とした様子で、静かにバス停に到着した。その存在は穏やかで、静謐な存在感で、そこに、ただそこにある。

ドアが解放されると、彼女の姿が目に飛び込んできた。世界の喧騒が背後に消え、時の流れが凍りついたように感じられた。彼女の視線が私を捉え、その瞬間、かつて身を寄せ合ったときの彼女の柔らかな香りが、まるで時間を超えて私の意識を包み込む。それは甘く香しい記憶の花束のようで、忘れることなどあり得ないほどに心地よく、痛みを帯びたその香りは、私たちの過去を色鮮やかに彩り直す。

一瞥の中に、穏やかな海の静けさと遠い海原の荒波が同居していた。私たちの共有した過去が、思い出の欠片として心を駆け巡る。彼女は、ずっと私の人生に深く刻まれた存在。


だが、彼女が今、どんな想いで私を見つめているのかは、私には窺い知れない。私たちの結んだ繊細な糸は、愛と後悔の複雑な網を形成している。彼女に必要とされた時間、彼女を傷つけたことへの痛みが、今も私の心の奥底に残る鋭い痛みとなっている。後悔の念が私を貫いている。彼女への言葉をもう一度伝える機会を逃したことが、心に深い傷跡を残している。

目が合った瞬間、言葉を超えた対話があった。かつての熱量、純粋な愛情、そして深い苦しみが、まるで時間を逆行するように甦った。彼女は今でも私にとって尊く、ただ彼女が幸せであればそれでいい。彼女の心の中で私がどのような役割を果たしているのかは分からないが、後悔の念と共に、彼女に対する感情は変わらない。

バスが静かに動き始めた時、彼女は再び私の世界から離れていった。その帰り道、私は涙を流しながら、もしかすると私たちの別れが互いにとって最善だったのではないかと思う。私の内なる苦悩、障害の森の狭間で葛藤する心が、彼女や未来に負の遺産を残さずに済んだならば、それは私にとって唯一の救いとなる。

彼女がいつの日か私のことをすっかり忘れてしまうかもしれないが、私の心の奥底にある彼女への思いと後悔は、時間が経過しても今は褪せることはない。それは常に私の内にある感情としていつか昇華するだろうか?

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?