うたかたのオペラ

37枚目 マイケル・ツィマリングがミックスしたアルバムその1/加藤和彦「うたかたのオペラ」(1980年)

#jrock #80s #加藤和彦 #マイケルツィマリング #MichaelZimmerling

今回から5枚連続でレコーディング・エンジニアのマイケル・ツィマリングが手がけた作品について書いてみようと思います。ほんとはプロデューサーの佐久間正英さんの作品にしようかと思ったんですが、佐久間さんが亡くなってから、佐久間作品のコンピレーションも発売されているし、実は80年代はアルバム1枚丸ごとプロデュースしたものって少ないんですね。ツィマリング氏の仕事は佐久間さんとセットになっていることも多いので、それもいいかと。しかし、紹介されるほとんどがBOOWY以降のものばかり。それではつまらないので、1枚目はBOOWYから遡ること5年、ツィマリング氏の日本人アーティストとの最初の接点と思われるこの作品からいきましょう。

加藤和彦「うたかたのオペラ」は、通称"ヨーロッパ3部作"と呼ばれている(ちなみに、これは加藤氏自身がそう呼んだわけではない)作品の2枚目。加藤氏のキャリアの中で何度目かのピークでした。フォーク・クルセダーズに始まり、サディスティック・ミカ・バンドを経て、76年から2度目のソロ活動に突入した加藤氏の音楽性は、この"ヨーロッパ3部作"の頃から急速にヨーロッパの社交界的な世界観に向かいます。これは、加藤氏の優雅な日常生活の延長として生まれたアイデアなのではないかと想像するのですが、1920年代の華麗でロマンティックな世界観と、80年代の異様にデフォルメされた煌びやかさの中に共通する感覚を見いだしたのではないかという気がします。

前年にリリースされた「パパ・ヘミングウェイ」は、豪華客船でヨーロッパからカリブ海、そしてバハマへ辿り着く旅のような作品で、バハマのコンパス・ポイント・スタジオとマイアミのクライテリア・スタジオで録音。 アイランド・レコードのクリス・ブラックウェルが2年前に作ったばかりのコンパス・ポイントは、このすぐ後、ストーンズ、トーキング・ヘッズ、グレイス・ジョーンズなど、世界中からコンパス・ポイント詣でが始まります。加藤氏のアンテナの鋭さは驚くべきものですが、そういった流行を同時代的に取り入れてしまうその感性とスピード感は当時から一目置かれていました。そんな加藤氏が次に向かったのが西ベルリン、ハンザ・スタジオでした。

"Hansa By The Wall"と呼ばれるなど、東ドイツとの壁のすぐ近くにあったこのスタジオは、ニナ・ハーゲンなど地元ドイツのアーティストたちのほか、何と言ってもデイヴィッド・ボウイの「Low」「Heroes」「Lodger」という、所謂"ベルリン3部作"で注目されていました。そこで働いていたのがツィマリングでした。高校を卒業してすぐの77年からスタジオで働き始め、初仕事はなんとそのデイヴィッド・ボウイ。80年当時、弱冠21歳で、キャリアも僅か3年弱というこの若いエンジニアは、日本の音楽史に残る名盤を作り上げます。

ドイツならではの無機質な感触をニューウェーブのサウンドとリンクさせ、退廃の象徴としてルイス・フューレイ経由でタンゴのリズムを使い、安井かずみの歌詞は華やかさの裏にある影を映し出す。坂本龍一、細野晴臣、高橋幸宏に加えて、ライヴでそのサポートをしていた矢野顕子や大村憲司ら当時のYMOファミリー丸ごとを従えての演奏は、生演奏でありながらどこか機械的なぎこちなさとパロディ的な異質感があり、そこには圧倒的な虚構の世界が出現していました。ツィマリングのエンジニアリングに特別なものは感じませんが、そのほとんどが日本人ミュージシャンの演奏であるにも関わらず(ストリングスのみ現地調達)、仕上がりは明らかにドイツの音なのです。

インストの「S-Bahn」(ドイツの(国有)鉄道のこと)は、メロディもなく環境音楽にドラムロールを足したような曲ですが、これなどはまさに西ドイツという環境が生み出したものでしょうし、デイヴィッド・ボウイを意識したところもあったでしょう。また、「パパ・ヘミングウェイ」に収録された「Around The World」のように、音響効果を重視した曲の延長線上にあるものと考えてもいいかもしれません(初回盤には「Around The World」のダブ・ヴァージョンを収録したシングル盤が付いていました)。奥村靱正さんがデザインしたジャケットも4種類あり(トリミングされた位置が違う。裏面を合わせて全8面で1枚のデザインとなる)、これはロシア構成主義にインスパイアされたものでしょう。

ちなみに、ワーナーからリリースされたこのアルバムは、加藤氏の移籍に伴ってソニーから再発されるのですが、その際にはジャケットは金子国義氏のイラストに変更になり、ヴォーカルで参加していた佐藤奈々子の権利問題でそのパートがカットされ、それは現行版のCDに至るまで変わっていません(ジャケットはオリジナルに戻っています)。オリジナル音源が聴けるCDは、リットー・ミュージックから出版された「バハマ・ベルリン・パリ」という書籍に付属したCDのみという変則的な状況。オリジナル音源が聴ける単体のCDをきちんとリリースしてほしいものです。

【収録曲】

A1. うたかたのオペラ
A2. ルムバ・アメリカン
A3. パリはもう誰も愛さない
A4. ラジオ・キャバレー
A5. 絹のシャツを着た女
B1. S-BAHN
B2. キャフェ・ブリストル
B3. ケスラー博士の忙しい週末
B4. ソフィーのプレリュード
B5. 50年目の旋律


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