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27枚目 野本直美「THE FIRE」(1987年)/皆と同じレールの上を生きていくことには少し疑問を持っている大人のロックンロール

#jrock #80s #野本直美 #高橋研

 大人版中村あゆみ。本人の意向はともかく、そう言ってしまってもいいかもしれません。中村あゆみが10代のスレてない気持ちを暴走させたのだとしたら、野本直美は少し大人になって生きることの意味を考え始め、でも皆と同じレールの上を生きていくことには少し疑問を持っている、そんな20代の女性の揺れる気持ちを歌ったと言えるでしょう。

 野本直美は83年に「かなしみ通り」でフォーク風のシンガーソングライターとしてデビュー。その素朴な味わいは悪くなかったのですが、83年は松田聖子の人気が頂点を極め、山下達郎があの「クリスマス・イブ」含むアルバム「MELODIES」をリリースした年です。フォークはどうやっても古臭く感じられたはずです。そんなこともあってか、85年にリリースされた3rdアルバム「ミス・エルジーの忠告」では、一部の曲のプロデュースに高橋研を迎え、少しずつロック色を導入していきますが、これまたどうにも中途半端な仕上がりとなってしまいました。

 そんなこんなを経て、87年の「THE FIRE」は高橋研が全面プロデュース。ボブ・ディランの歌世界とブルース・スプリングスティーンのEストリート・バンドを意識したサウンドという当時の高橋の持ち味を、中村あゆみのとき以上にストレートに持ち込み、骨太なロックンロール・アルバムに仕上げています。楽曲も粒揃いです。タイトルにディランへのオマージュを感じる「バケツいっぱいの雨」や「ふちなし帽と皮ジャンパー」といったジャンプナンバー。「Don't Be Afraid」や「The Fire」はスプリングスティーンの重厚さとタフネスを受け継いでいるように感じます。「真夜中の3つのルール」はまさにストリートのロックンロール。「WILD LIFE」の中の一節、"心はタフ いつだって"というフレーズがこのアルバムの気分を言い表していると言っていいでしょう。「Crossroad Again」はエコーズのカヴァーですが、辻仁成がわざわざ歌詞を書き直しています。"風に吹かれながら君を"と、しっかりディランを意識した一節を入れてくるところはさすがです。そんな中に一瞬見せる弱さや繊細な感性。「Joe」や「11月の少年」にはそんな女性らしい一面も見えます。

 力強さの中に程よく込められたシブ味と青春の残り香のようなホロ苦さ。何もかも諦めるところから始まる現在と違って、どうしても捨てられないものを持っていることがカッコよかった時代です。今となってはそういった感覚はダサいと一刀両断されそうですが、その時代ならではのカッコよさというものがあるのです。

 もともとフォーク系の歌を歌っていたとはいえ、そのハスキーなヴォーカルはなかなかパワフルで、ストリートのロングヘアーにスリムのジーンズとリッケンバッカーがよく似合う。どこかカーラ・オルソンを思わせるそのビジュアルは、当時、日本にはまだ少なかった大人の女性ロッカー像に思えたものです。しかし、あまり売れなかったようで、このアルバムは中古市場でもあまり見かけません。そして、そういったアーティストが行き場を失い、作品が生まれなくなった今、野本直美もまたフォークの世界に帰っていきました。現在は東京には住んでいないようですが、たまに小さなハコで歌っているようです。

【収録曲】
1. バケツいっぱいの雨
2. Crossroad Again
3. Don't Be Afraid
4. Wild Life
5. Joe
6. The Fire
7. 真夜中の3つのルール
8. ふちなし帽と皮ジャンパー
9. Bye Bye Blues
10. 11月の少年

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