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32枚目 TILT「Travellin' Band」(1989年)/年間100本以上のライヴを重ねてきた本物のロード・バンド(ジャニス・ジョプリン・フォロワーその5)

#jrock #80s #ティルト #TILT

ジャニス・ジョプリン・フォロワーの5人目。このシリーズはこれで一旦終了です。今まで女性シンガーを採り上げてきましたが、最後は男性でいきましょう。ティルトというバンドのヴォーカル、榊原"American Cherry"武は、日本人の男性シンガーには珍しくダミ声でパワフルに叫びまくるシャウターです。ジャニスに影響を受けているかどうかはわかりませんが、シンガーとしての資質には近いものを感じますし、ティルトというバンド名自体がジャニスのバンド、フル・ティルト・ブギーを思わせるところがあるので、少なからず影響はあるものと思います。

ティルトは83年に名古屋で結成。最初はキーボード入りの編成でプログレっぽいところもある音楽性だったといいますが、少しずつメンバーチェンジを重ねる中で、徐々にハードロック寄りのサウンドへと変化していきます。85年に初のシングルをインディーズでリリース。そこから数年間は怒濤の勢いでライヴにライヴを重ねていきます。毎年100本を超えるライヴをこなし、毎年1枚ずつ作品をリリース。今となってはこの凄さが伝わりにくいかもしれませんが、インターネットもない時代のインディーズ(=アマチュア)バンドとしては驚異的な活動ペースです。このハードワークぶりは、いつしか<ティルト並み>なんていう言葉で表現されるようになりました。彼らの活動はシーンの中でそれだけの敬意をもって迎えられていたのです。

そんな、インディーズを代表するバンドの1つだったティルトも、バンドブームなるものの煽りで、88年にアルバム「TILT TRICK」でメジャーデビューを果たすことになります。前年にリリースされ、インディーズの中ではかなりのベストセラーとなった1stアルバム「THE BEAST IN YOUR BED」の頃はロックンロール色の強いジャパメタという感じでしたが、メジャーデビューする頃にはメタルを捨てて、ハードなロックンロールバンドという方向にシフトします。これは当時凄まじい勢いで人気を拡大していたガンズ・アンド・ローゼスを筆頭に、ブルージーなロックンロール・バンドがどんどん増えていた流れに乗ったのではないかと思いますが、それに伴って、ビジュアルからも徐々にメタル的な派手さは消えていきました。メジャーの2枚目はストーンズやウィルソン・ピケットなど、古いロックンロールやソウルミュージックをヘヴィにカヴァーしたアルバム「Dear Rock'n Roll Party 50's-60's」(これもなかなか良いです)。これらを経てリリースされたのが、メジャー3枚目のオリジナル・アルバム「Travellin' Band」でした。

オープニングの「LITTLE NEW YORK」は、いきなりスライドギターの音で始まります。これに象徴されるように、バンドの音はヘヴィさを維持したまま、より土臭くブルージーなものへと変化。ホーンセクションが入った曲もあります。時代的にいえばシンデレラのようだといいたいところですが、ハンブル・パイの方が近いかもしれません。シンガーのスティーヴ・マリオットは、ジャニスと並んで、この時代のロックンローラーたちの憧れでした。思えば、榊原のヴォーカルは、声こそジャニス風のダミ声ですが、歌い方はスティーヴ・マリオットを意識しているようにも聞こえます。

このアルバムのいいところは、なんと言っても曲の良さと、楽曲が求める音を奇を衒うことなく奏でたバンドサウンドでしょう。そういった意味では、とても素直でスタンダード感のある作品といえます。また、ポリドールというレーベルにいたことが影響しているのかは分かりませんが、ものすごく洋楽的なサウンドなのです。その裏にはリズムへの意識があると思います。当時の日本のハード系のバンドはリズムへの意識が弱く、特にシャッフルは悲惨なほどでした。ティルトはもともとヘヴィなギターリフの中にシャッフルの跳ねる感じを埋め込むのがうまいバンドでした。これまではそういったものを特に意識していた感はなかったのですが、この作品ではリズムが格段にレイドバックしています。特に三井炳昇のドラムはよりしなやかさと深みを増していて成長が見られます。これは、前作で古いソウルやロックンロールをカヴァーして、リズムというものへの意識を新たにしたからではないかと思います。前作ではところどころに苦労のあとが見えたんですね。

もう一つ、楽曲面でもこれまでになかったタイプの曲が生まれています。それがタイトル曲の「TRAVELLIN' BAND」です。日本では彼ら以外に歌える人はいないであろうテーマの曲ですが、ギターのリフから組み立てた曲がほとんどの彼らには珍しく、コード進行に合わせてメロディが作られリフとのユニゾン感がないというもので、ストーンズでいえば「Brown Sugar」的な曲といえば分かりやすいでしょうか。こういったいい意味でキャッチーな曲をもっと書けるようになれば、また違った展開が待っていたのかもしれません。

しかし、いいところばかりではありません。榊原の強力なダミ声は、メロディが単調でストレートな楽曲では非常にパワフルに響くのですが、こういったメロディを<歌う>感覚の曲では少し弱く感じます。しかも、歌詞がいただけない。当時の日本のハード系ロックンロールバンドの多くがそうだったように、彼らの曲もまたロックンロール・ライフを歌ったものが多いのですが、その世界観の狭さとボキャブラリーのなさはなかなか痛いものがあります。これは彼らの個性だと言ってしまえばそれまでなのですが、これを支持してくれるファンもかなり限定的なはずです。そして、榊原の芸名である"American Cherry"(周囲からはタケちゃんと呼ばれていたようですが)。もう周りの人の方が恥ずかしくなってしまうようなこのセンス。個人的には、DEAD ENDの増本"Crazy-Cool Joe"正志と並ぶ2大巨頭です。そして、このアルバムでは"American Cherry"のクレジットは外されています。

このアルバムを最後に、メジャーとは契約が切れてしまうわけですが、この後彼らはアメリカへ向かいます。結局、半年ほどで帰国。当時、日本のロックバンドが海外進出することがいかに難しかったかがわかります。その後、インディーズで2枚のアルバムをリリースした後解散するのですが、なんと、2014年の今年、再結成したそうです。メンバーにはベースの三好浩之こそいませんが(解散後、名前を聞かなくなったので、引退したのかもしれません)、榊原武vo、大原辰之g、片野泰樹g、三井炳昇dsという全盛期のメンバーが名を連ねています。そして、榊原の名前にはあの"American Cherry"のクレジットが復活しています。そして、いま、それが違和感ないんですね。ああ、一周したんだなぁと、ふと思いました。

【収録曲】
1. LITTLE NEW YORK
2. GAMBLER
3. TRAVELLIN' BAND
4. BREAK DOWN SHAKE DOWN
5. DRIVE ME CRAZY
6. BOYS ARE BACK IN TOWN
7. YES! YOU SURE MAKE ME HOT
8. FRIDAY NIGHT
9. FLYIN' 'CROSS THE U.S.A.
10. PUTTIN' DOWN THE WHISKY

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