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30枚目 桜井ゆみ「Radical Chap」(1989年)/黒くファンキーなロックンロールとコミカルなヴォーカルの狭間で(ジャニス・ジョプリン・フォロワーその3)

#jrock #80s #桜井ゆみ

ジャニスフォロワーに共通するのはハスキーヴォイスを持っていたことですが、その歌い方を(自分の持ち味として)真似していたシンガーは意外に少なかったと思います。しかし、この人はそれを隠そうとはしませんでした。

この桜井ゆみというシンガーをどれだけの人が知っているでしょう(現在活動中のジャズシンガーとはたぶん別人)。知っていたとしても、遠ざけてしまう人もいたかもしれません。というのは、歌い方にジャニスの影を見るほどのフォロワーであると同時に、ひどくおちゃらけた歌い方をする人でもあったからです。

メジャーで活動していたにも関わらず、この人の情報は多くありません。B-ingのインディーレーベルで、ブルースルーツの音楽をピクチャーシングルのみでリリースするという"Yeah The Blues"から、「Move Over」と「Trust Me」というジャニスのカヴァー2曲でデビュー(「Move Over」は"Yeah The Blues"のコンピレーションでCD化)。それ以前は、高校の美術教師の資格を持っていて、教壇を目指していたらしい、ということくらいしか知りません。

このデビューアルバムは、当時のメジャーシーンでは珍しく、濃厚なブルーズ感覚を持った黒くてファンキーなロックンロールに仕上がっています。多くのジャニス・フォロワーたちが作った作品の中で、ジャニスの音楽性に最も近づいたのがこのアルバムだったといっていいかもしれません。そんな作品になった理由の1つに、実はB-ingがブルースに造詣が深い会社だということがあります。80年代のB-ingはTUBEなどの売れ線ポップスの裏でメタルとブルーズ系のアーティストも数多く手がけており、例えば、ラウドネスや浜田麻里から近藤房之助まで、みんなB-ingが絡んでいます。蛇足ですが、その中間にいたのがブリザードで、オールマン・ブラザーズのカヴァーをやってましたね。昔、ヴォーカルのセイジロウさんにインタビューしたとき、ブリが切られたらザードが残ったなどと自虐的なギャグを言っておりました。そんなこんなで、このアルバムをプロデュースしているのは、元ウエストロード・ブルーズバンドのギタリストで、B-ingの初期から社員プロデューサーとして多くの作品に関わってきた中島正雄。参加メンバーもその人脈が多く、同じく元ウエストロード・ブルーズバンドから、名ギタリスト塩次伸次とドラマーの正木五郎、キャンディーズのバックバンドMMPを母体として結成されたスペクトラムからベースの渡辺直樹とドラムの岡本郭男、さらに、関西の大所帯ソウルバンド、スターキング・デリシャスからキーボードの小島良喜、ブルースハープの妹尾隆一郎と、日本有数の黒くファンキーな音を出すプレーヤーが集合しています(ほかに、土方隆行、芳野藤丸、増崎孝司、増田隆宣ら、超実力派のセッションマンたちも参加)。それならば、このファンキーさも納得というものです。

楽曲は桜井自身のほかに、栗林誠一郎らが手がけ、アレンジはザ・リップスの山盛愛彦と後にB'zに大きな貢献をする明石昌夫(たぶんこれは最初期の仕事)が共同であたっています。「Nothing Minnie Blues」の超ファンキーにバウンスする8ビート。エヴァリー・ブラザーズ(リンダ・ロンシュタット)の「When Will I Be Loved」に日本語詞をつけた「パパのニューオリンズ」は、ピアノがころころ転がるホンキートンク調のアレンジで。アッパーなロックンロールの「Outside Woman」や「Yes Satisfied」。「ちょっとだけで♂♀」では、ゴスペルの有名曲から拝借した"Precious Lord Take My Hand"という歌詞が飛び出します。「In Your Eyes」はジャジーにスウィングするロックンロールというなかなかないタイプの曲で、かなりカッコいい。「Crying "J"」は名曲感漂う泣きのロックンロールで、アルバムのハイライトといっていいでしょう。最後、ボビー・ウォマックが書いたジャニスの名曲「Trust Me」(インディーズ盤とは違う再録音)は、おふざけなしの真正面からカヴァーで、アレンジも素晴らしく、ジャニスへの想いに胸が熱くなります。

問題はその後なんです。「Love Letter for the First Space Men」は、本人の声にエフェクトをかけたコラージュ作品(というか、効果音というか)で、タイトルから意図は読み取れますが、全く面白くもなく意味不明。ヴォーカルは至る所でおちゃらけた感覚が丸出しで(もちろん「POPEYE THE SAILORMAN」から「踊るポンポコリン」に至るまで、B-ingにはもともとそういった一面がありますが)、それでも歌の中ではコミカルな個性として許せましたが、これはいけません。しかも、2ndアルバムは、このわけ分からなさが全開になってしまうのです。制作に実に3年(恐らく構想も含む)かけ、全編に渡って塩次の枯れまくった音色のギターが聴けるほか、超実力派ミュージシャンたちが、当時のメジャーではほとんど求められることがないファンキーやホンモノのブルーズ・フィーリングを全開にした演奏は本当に素晴らしいのに、このおちゃらけ感覚が多くのリスナーを引き離したのではないかと思うと本当にもったいないのです。

【収録曲】

Side A
1. Push it!
2. Nothing Minnie Blues
3. パパのニューオリンズ
4. Out Side Woman
5. Yes! Satisfied

Side B
1. もうダメだ・・・
2. ちょっとだけで♂♀
3. In Your Eyes
4. Crying "J"
5. Trust Me
6. Love Letter for the First Space Man


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