エンゼル

13枚目 ちわきまゆみ「エンゼル -We Are Beautiful-」(1986年)

 有名な、子供の頃にマーク・ボランに頭を撫でられたというエピソード。これを聞いた人は、だからグラムロック好きになったのかと思うでしょう。しかし、事実は違います。小学生の彼女は、ミュージック・ライフなどで見たボランに会いたくて、外タレならここに泊まるはずだと赤坂の東京ヒルトンに行き、グルーピーたちや警備員をくぐり抜け、ロビーに出てきたボランに遭遇したのでした。まさか、小さな小学生の女の子が、マーク・ボランのファンだとは誰も思わなかったことでしょう。

 10年後、その女の子は歌を歌っていました。アイドル的とも言えるようなテクノポップ・ユニットで、ドテカボチャがなんたらとか…w そのMENUというユニットが解散すると、ついにグラムの魂を蘇生させるのです。

 この1stアルバムは、グラムロックとサイバーパンクがアイドルの衣装を着て登場したようなセンセーショナルな作品でした。これ以前にシングルとミニアルバムが1枚ずつ出ているのですが、そこで聴けたキャンプ感はファンタジーにも似たヘヴンリーな感覚に変わっています(余談ですが、この質感はDEAD ENDの「ZERO」に近いかもしれません)。どこかこの世のものとは思えない、スモーク越しに見えるイメージというか、ふわふわと地に足が付かない感じというか。ある種の世紀末感と言っていいかもしれません。メタリックな色合い(ヘヴィメタじゃなくて、ラメや光沢感という意味で)とソフトフォーカスな透明感が同居したサウンドの上を、キュートなファルセット・ヴォーカルが駆け抜ける。このときのちわきさんは23歳。美貌も最強で、本当にかわいいのです。「ANGEL BLUE」は、ゲームの「ハイドライド・スペシャル」のCMに使われました。そこに出演していた女の子はちわきさんその人ではないかと思うのですが、当時見た記憶しか残っていないので、誰かようつべあたりにうpしていただけないでしょうか?

 プロデューサーに当時PINKの岡野ハジメ(後にラルク・アン・シエルのプロデューサーに)を迎え、PINKのメンバーやサロン・ミュージックの吉田仁が全面参加して作られたこの作品。サウンドのクオリティもハンパなくて、楽器の音作りなどもかなりブッとんでいます。録音の多くはHEAVEN STUDIO、つまり、岡野氏の自宅で行われているのですが、それは根を詰めた作業だったようで、アルバム全体に、緩いようでいながら1本切れたらおしまいみたいな不思議な緊張感が漂っているにが感じ取れるでしょう。

 楽曲はどれも名曲と言っていいほどで、特に、グラムのブギーをアイドル風のキュートさで漬け込んだ「Little Susie」(Suzy Susieによるカヴァー・ヴァージョンあり)、ポップかつサイバー感山盛りのシングル・カット曲2つ「よごれたいのに」と「ANGEL BLUE」。天国のお花畑で遊んでるような「Birdy Day」。キラキラとメタリックな輝きを放つロックンロール「THE WORLD IS BEAUTIFUL」や「ANGEL FATE」のハイパーな未来感。ヘヴンリーな地に足がつかないロックンロールの「RIDE ON THE CROUD」「METTALIC HEAVEN」。「LOTTA LOVE」は唯一、低い地声でリードをとる曲で(他曲のコーラスでは地声あり)、声の使い分けによる天使感と悪魔感の演出は、次作以降でも使われていきます。

 このアルバムの特異性は、これ以前にも以後にも似た音楽がないという、飛び抜けた個性でしょう。フォロワーを生み出すことすら難しい孤高さは、このアルバムの価値を高めると共に、取っつきづらさにも繋がっているのかもしれませんが、現行のアイドルポップスの奇抜さを通り抜けた今だからこそ、再評価を待ちたい作品でもあります。

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