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38枚目 マイケル・ツィマリングがミックスしたアルバムその2/根津甚八「+B 1984 BERLIN」(1984年)

#jrock #80s #根津甚八 #三上寬 #マイケルツィマリング #MichaelZimmerling

マイケル・ツィマリングの仕事の2回目は根津甚八の異色のアルバム「+B」です。サブタイトルにあるように、84年に西ベルリン、ハンザ・スタジオで録音された作品で、このレコーディングで佐久間正英とマイケル・ツィマリングは初めて出会いました。根津は82年に「火男」というレゲエのアルバムを制作するなど、俳優業の傍ら先鋭な音楽を作っていた人。そんな根津がなぜベルリンに向かったのかはわかりませんが、結果、当時の日本のロックの標準を遥かに凌駕するハードかつヘヴィな作品に仕上がりました。

佐久間が全曲のアレンジとプロデュースを担当。作曲は佐久間のほか、土屋昌巳、吉澤良治郎、坂田明といった面々が手がけています。これだけでもそのサウンドが見えてくるようです。そして、全曲の作詞を、なんと三上寛が担当(作曲も2曲)。これが遠慮なしの三上ワールド全開なのです。三上の描き出す"暗黒の津軽"と死のイメージを鈍色のジャーマンビートとの組み合わせは、まるで錆の浮いた鉄パイプでガンガン殴りつけてくるような、ヘヴィで重苦しいものになりました。「セキばらい ひとつ」は詩の朗読に音楽を付けたような曲で、淡々とした中から何か恐ろしいものがにじりよってくるようですし、同じく語りによるアルバム最後の曲「根津版・オドウ」では、感情が爆発。「死ねばいい!」と何度も絶叫する様は壮絶で、ここに秘められた狂気はほとんどアヴァンギャルドの領域。これは役者である根津だからこそ歌えた歌詞なのかもしれません。

ドイツの音楽といえば、70年代のクラフトワークのようなエレクトロやノイ!のハンマービートなど、機械的なビートを思い浮かべる人が多いでしょう。また、カンのフリーキーなサウンドや、80年代のアインシュテュルツェンデ・ノイバウテンのインダストリアル・サウンドなど、何れにしても重く鈍いビートが特徴で、このアルバムも正にそういったドイツ流の鈍色のビートが支配しています。特に、ハードエッジなベースの音がクリアに抜けてきたり、ドラムのヘヴィさがそのまま伝わってくる録音は、まだまだロックの録音技術が確立されていなかった84年頃の日本では、それなりの衝撃があったのではないでしょうか。しかも、ドイツならではというか、明らかに(感覚的に)日本では作れない音なのです。これはまさにツィマリングの功績で、このドラムの音は佐久間ーツィマリングが組んでの2作目「BOOWY」にも大きな影響を与えているように思います。この根津のアルバムがなければ、BOOWYはもちろん、日本のロックのサウンド改革は違ったものになっていたのかもしれません。

そんなヘヴィさが際立つ作品ですが、意外とするりと聴けてしまうのは、根津の歌声が意外とソフトで優しいからなのかもしれません。ただし、語りになるとその声の深みが一気に増して、風景がドロっとしたものに変わります。こういうとき、やはりこの人は<役者>なんだなぁと思うのです。

【収録曲】
A1. おいらは街のJUPONハキ
A2. 風男
A3. あかりの話題
A4. 愛の仲
B1. 蘭館
B2. セキばらい ひとつ
B3. 月の下の幕の内
B4. 叛・涙の特権主義者たち
B5. 根津版・オドウ

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