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著書紹介 『マルクは絵を描く』

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「マクルは絵を描く」(岩波ブックセンター)2007年2月23日 発行

この本は、初めて上梓した作品で、2部作となっております。最初の「杢兵衛の夢物語」の始まりは、

「まんず、まんず 昔、昔、秋田の太平山(たいへいざん)の麓(ふもと)の岩見三(いわみさん)内(ない)ていう村さ、杢(もく)兵衛(べい)というわらしっこ(子供)がいだど。生まれる前に、おがが立派な丹波栗の夢みだど。杢兵衛は、へそまがりで、人と違ったこどするのが楽しみで、ときたま、はんかくせごど(馬鹿なこと)するのが好きな、すこし変わった子だった。
よく、おどにごしゃがれで(父にしかられて)、木の橋の下でじっと岩見川の水の流れるのを眺めでいたど。じっと、じっと眺めでいるうぢに、いじのまにが秋田市さ、ちたど。
雄物川(おものがわ)を眺めでいるうぢに、横浜さ、ちだど。港から太平洋を眺めでいるうぢに南フランスのセットという港街さつだど。地中海を眺めでいるうぢに、中央アフリカのザイールさ、ちだど。海みたいなでっけザイール河を眺めでいるうぢに、パリさ、ちだど。トロカデロ広場の側さ住んでいだど。したら、エッフェル塔ながめでいるうぢに日本さ戻っていだど。
 横浜から東京さ電車でかよったど。「東京は『生き馬の目をぬぐどこだ』って、おががいってた通りの街だ、おっかね、おっかね」って、電車の窓越しで多摩川さ眺めているうぢに、西アフリカの端さあるセネガルのダカールさ、ちだど。アルマジ岬の夕日を眺めでだら、昔いだごとのあるパリさ、ちでたど。今度はエッフェル塔の側で働いだど。ビルの屋上がらセーヌ河が綺麗(きれい)にみえだど。モンマルトルどがいう山もみえだど。そんたらごとしているうぢに、今度は東京タワーの側のビルで働ぐごどさなってしまたど。
よくもこんたにあっちゃこちゃえぐもんだな。杢兵衛もとしょた(老いる)みだいだな。こえ(疲れる)ぐなってきたみだいだな。とじぇね(心に穴が開くように寂しい)ぐなったべが。秋田までなば、昔みでに夜行列車さ乗らなぐでも、飛行機もあれば、新幹線もある時代だべ。」

 です。そして、題名にもなっている「マルクは絵を描く」の始まりは、

「「一枚の写真」「モーツアルトの交響曲『パリ』はやけに元気が出る曲だなあ」と、揺れる横須賀線の電車の窓際に座り、微笑む。ヴィバルデイの四季以外はほとんど聞くこともなかったクラシック音楽。関内の電気屋で買った二万六千円のウオークマンの新しさと、過去幾十万人が座ったであろうと思われる薄汚れた座席とのコントラスト。
 今日も晴だ。天気がいいとそれだけで幸せな気分になれる。この季節パリはからっと晴れる日は少なかった。横浜駅で乗客が入れ替わる。まるで違った人種の人々であるかのように、お互いを知ることも無く、無関心に慌ただしく交差していく。新川崎を過ぎる頃に無性に睡魔に襲われ、そのまま心地良い眠りにつき、電車は最終の東京駅に静かに到着する。
また人々の慌ただしい駈け足の音が聞こえてくる。丸ノ内線に乗換え、霞ヶ関まで行く。途中の銀座の駅では、日本の豊かさを示す様な高級カバンを片手に、有名ブランドと覚しき装いの老若男女が、ちょっと気取りながら足早に階段を上っていく。霞ヶ関駅に着くと、ふっと一息ついて、四つ角にある勤務先に向かう。
  ふきのとうの咲き誇る春が好きだ。雪どけで水かさが増した川の流れる様を見るのが好きだ。新しい息吹が聞こえてくる。いつからか、日本人の生活は冬眠のない生活になってしまった。ヨーロッパの人々には冬眠の期間があるように思える。今は永遠なるもの、信じられるものがない時代とも言われる。何が善で何が悪なのか、何が真実で、何が嘘なのか、基準とするものがない時代にも思える。
 電車の乗客の顔は、一様に表情がない。フランス人は十八才から成人。日本人は二十才に式を挙げ、皆に祝福されて大人の仲間入りをする。しかし、子は親の細くなるすねをかじり続ける。親は瘠せ衰える。夢のない時代がこれからも続くかもしれない。日本の良さは「こたつの温もり」だったが、その温もりは社会から消えようとしている。エゴが蔓延している。皆、しばしの間冬眠する期間が必要な気がする。
この八年間、ずっと旅をしてきた気がする。一枚の君の少女時代の写真がある。少し左に首を傾け、恥じらいでいるその写真が本物で、今の君が偽りなのだろうか。その写真を見る度に、かすかに風が吹き抜けるような気がする。春の薄く緑がかった青い光が、アーモンドと蜂蜜の香りを運んだ。」

です。

「マルクは絵を描く」は、2007年、私が50歳という半世紀を生きたことを意識して出版したもので、「杢兵衛の夢物語」は、郷土礼賛的でありますが、44歳で亡くなった父親との思い出を、そして母の短歌を添えながら、自らの成長を描いた、昔話というか、物語風の作品です。後者の「マルクは絵を描く」は本の題名になっていますが、外務省に入ってからの、海外生活の思い出を追想する、特に家族との思い出の物語風の作品になっております。青春を駆け抜けて、少し疲れが見えた当時の私の心象も表しているかもしれません。なお、帯に「甘美なるワインとの出会いから生まれた「幸せな時間」とあるように、ワインやフランス料理に関して補足的なメモも入った作品です。

著書特設サイト
https://www.kplanning.biz/interview/viewee-futagi/

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