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『銀の匙』の泉を求めて -中勘助先生の評伝のための基礎作業 (119) 東大寺南大門の別れ

 和辻さんの『古寺巡礼』の引用を続けます。次に引くのは東大寺を訪ねたときの描写です。

《三月堂前の石段を上りきると、樹間の幽暗に慣れてゐた目が、また月光に驚かされた。三月堂は今あかるく月明に輝いてゐる。何といふ鮮かさだらう。清朗で軽妙なあの屋根はほのかな銀色に光つてゐた。その銀色の面を区ぎる軒の線の美しさ。左半分が天平時代の線で、右半分が鎌倉時代の線であるが、その相違も今は調和のある変化に感じられる。その線をうける軒端には古色のなつかしい灰ばむだ朱が、ほのかに白くかすれて、夢のやうに淡かつた。その間に壁の白色が、澄み切つた明らかさで、寂然と、沈黙の響を響かせてゐた。これこそ芸術である。魂を清める芸術である。》

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1,415字
中勘助先生は『銀の匙』の作者として知られる詩人です。「銀の匙」に描かれた幼少時から昭和17年にいたるまでの生涯を克明に描きます。

●中勘助先生の評伝に寄せる 『銀の匙』で知られる中勘助先生の人生と文学は数学における岡潔先生の姿ととてもよく似ています。評伝の執筆が望まれ…

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