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無賃乗車

―――つかまじだりい。

―――そうだね、めんどくさいよね。

―――はよあっち行ってくんねーかな。

―――まあまあ、急いでもいいことないって。

―――俺めっちゃ待ってんだけど。

―――僕だって待ってるさ。

―――もっとこう、フットワークの軽いやつにしとけばよかった。

―――そりゃ君の見る目がないからさ。

―――見る目があったらこんなことしてねえべ?!

―――見る目があっても運が悪いと僕みたいになるよ?

―――クソみてえな会話してねえでさあ、早く向こう行ってくんねえかな。

―――乗せてもらってるのに、君はちょっと言葉が過ぎるよ・・・。

―――どーせ聞こえてねえんだからいいんだよ!!!


チラッ…。


―――!!!―――


―――おい…こいつ、今…俺らのこと、見た?

―――ヤバイ、見えてるかも?

―――ヤベえ奴じゃ、ねえよな…?

―――それは、分からない。

―――消されるか?

―――分からない…。


どうしよう。


近所のおばあちゃん見かけたら、変なの乗っけてんの見つけちゃってさあ…。

遠目からみた感じ、どんな奴かよくわかんなかったから近づいてみたら、ただのアホだったんだけど。

完全に気付かれてるよね、ううむ。


わたしゃただの人だから……こいつら消すことはできないんだよね。

おばあちゃんに乗ってる奴ら、むやみに引き寄せちゃうと……後ろの武士の人まで引っ張っちゃいそうなんだよなあ…。

年老いたおばあちゃんから守護霊がはがれちゃうと、抜けかかってる魂がそのまま空に放たれてしまう可能性もあるわけで……。


さあて、どうするか。


―――ババアよりもこいつのほうが動きそうじゃね?

―――おい!!聞かれてるかも知れないんだぞ?!

―――そんなただの偶然だろ!見える奴なんて今まで会ったことねえし!!

―――何でそんなに強気なんだよ!

―――このババアじゃ俺の行きたい場所に着くまでにくたばりそうだからな!俺はこっちの・・・


ずぶっしゅうぅううう!!!…ざんっ!!!


……あーあ。

おばあちゃんの後ろの武士が怒っちゃったじゃん。

乗っけてもらってんのにそんな失礼な事言うからさあ。


消えちゃったよ、はあ。


……あ、ヤバイ。


「このひとは、やめてあげて?」

私の言葉を聞いた武士が、もう一人の兄ちゃんに切りかかるのを止めてくれた。

こっちの若者の人は、悪意をおばあちゃんに向けていないから…下手に切って悪いもの積み重ねちゃうとさあ、武士のほうにも悪い影響でちゃうんだよね。


「…なんだい?」

「ああ、ゴメン、こっちの話だー。」

突然私が変な事を言い出したからおばあちゃん困惑しちゃったよ。


―――見えてるんですね。

見えてるともさ。

―――そちらに移ってもいいですか。

私はこくりと頷いて。


「じゃあね、おばあちゃん、また明後日。」

「はいよ。」


テックテックと歩く私の肩に、気の弱そうな兄ちゃん。


――あのヤンキーは何でいきなり消えたんですか。

「アレはおばあちゃん守ってた武士が怒っちゃったんだよ。」


――武士が憑いてたんですか、僕には見えなかった……。

「君らじゃ見えないと思うよ。」


――僕は低級なんですかね。

「まだ上がったことないだけだよ。」


――どうしたら上がれますかね。

「……上がりたいの?」


――よくわかんないですね。

「じゃあまあ、しばしついてきなよ。」


――いいんですかね。


「君のほうこそ、いいの?後悔すんなよ?」


道を、少し……ずれる。


「おやこんにちは。」

「こんにちは。」

大目玉のおじさんだ。夕焼け空の下、人非ざるものたちが物珍しさからワラワラと近づいてくる。

「こ、これはいったい?!」

「ここは狭間だよ、君ね、しばらくここで勉強させてもらいなさいな。」

兄ちゃんの輪郭がくっきりと浮かび上がって…消え入りそうな声が力を帯びた。


「ぼ、僕はこんな化け物のいるところなんか…。」

「なんだい、この坊主は。」


ああ、初めて見る狭間の住人におどろいてるなあ。

…化け物発言はよろしくないぞ。


「あれ、こんにちは、珍しい人連れてるね、どうしたの。」

「なんか私に乗りたいって言うから。」

のっぺらねえさんまで出てきたよ。


…あれ、兄ちゃんの様子がおかしいぞ。

震えてるじゃないか、今は梅雨だ、寒い時期じゃない。


「坊主たいした度胸だな、姐さんに無賃乗車か!よし、俺が面倒を見てやる。」

「いえ、僕はそのっ…!!!」

へえ、わりと度胸あるな、龍神のじいちゃんにお断りの返事をするとは。


「たぶんこの兄ちゃん自縛からの地縛の浮遊だと思う。」

「まだ上がれそうにないな、ちぃと、足りん。」

おそらく…自分で狭い世界に閉じこもったのち、肉体の呪縛から解放されても土地を離れることができず、無理やり自称霊能者に叩き出されて、あちこち飛び回ることになったと思われる。いろいろと他人の人生を覗いてはイタズラしていたせいで、浮き上がるための徳がない。


「…お願いしてもいい?」

「私も手伝っていいのかい?」

猫股の奥さんがぺろりと舌を出しながらやってきた。


「もちろん。」

「あのね、貴方は色々足りてないから、ここで色々学びなさい。」

ツノムシの姐さんがにっこり笑って兄ちゃんの頭を撫でまわしている。


「ぼ、僕をここに放り出していくんですか?」

「君、自分は自分の人生を放り出したくせに、何いってんの。」

兄ちゃんが情けなく私に縋ってきたので…毅然とした態度で突き放す。


「え、ちょっと!!待って、やだよ!!僕こんなところは、ちょっと!!ちょっとぉおおおお!!!」


……無賃乗車の罪は重い。

今まで散々いろんな人たちに乗り込んで、己のうっぷんを晴らしまくった報いを受けるが良い。


私は下ろした兄ちゃんをその場に残して、それた道から正規の道へと戻り。

歩きなれた田舎の一般道を歩いて、自宅へと向かったのであった。


作中に出てきた狭間の皆さんはこちらです↓


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