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ゴミだしにまつわる世知辛い話。

 住んでいるマンションの、ゴミ置き場の仕様が変わった。
 上方開放型のコンクリートの壁に区切られていただけのゴミ置き場に、屈強なネット付きの鉄枠ガードがついたのである。

 このところ、住人が出しているのか、少し遠い位置にゴミ出し所がある近隣住民が置いていくのか、はたまた通りかかった人が捨てていくのかはわからないが、ゴミ出しルールを守らない者の横行、蛮行が目立っていた。

 収集日ではないのに、気軽にゴミ置き場にごみを出す人。
 ゴミ出しは当日の朝と決められているのに、前日に出す人。
 ゴミを袋に入れずに置く人。
 粗大ごみをゴミ置き場に突っ込んで放置する人。
 明らかに無分別のゴミ袋を投げ込んでいく人。

 道路に面した目立つ場所にあるゴミ置き場は、無法地帯と化していた。
 カラスによる生ごみの散乱、ゴミの腐敗、見た目の悪さ、業者ゴミの不法投棄、近隣へのゴミの飛散…。度重なる近隣住民及びマンション住民からの苦情を受け、管理人は対応策を探り、知恵を絞り、計画を練り、大幅なシステムの改革を決定したようだ。

 ゴミガードネットはプラスチック糸のネットと鉄製のDIY用パイプで作られている。台風の時に風に飛ばされないよう、重たい素材で作ったらしい。一体化している上部と前面部分を持ち上げ、ゴミを入れる仕組みになっている。

 ゴミ置き場の120センチほどの高さのブロック上部にあわせてゴミガードネットが覆い被さっているため、大きなものを無造作に置くことはできなくなった。
 頑丈なネットがゴミ置き場を覆っているため、カラスが餌を求めてごみ袋を破くことがなくなった。
 通りかかった車が気軽に車を停めてドアを開け、降車すらせず自宅のゴミ袋を投げ込んでいかなくなった。
 前日にゴミを出す人はまだ何人かいるが、ネットがある程度目隠しになるので、見た目だけは格段によくなった。

 管理会社は、これで一件落着と思ったようだが。

 わりとすぐに……別の問題が発生した。

「あ、おはようございます…。」
「おはようございます!」

 ある日、私がゴミ出しに行くと、一人の奥さんがゴミ袋を持ったまま立っていた。
 無視するわけにも行かないので、挨拶を交わしつつ、様子を伺ったのだが。

「良かった、あの、いつもこの時間にゴミだしされてます?」
「いや…そういうわけでは…。」

「そうですか…私、このゴミガード、持ち上げられなくて。いつもどなたかいらっしゃるまで、待ってるんですよね……。」

 ごみ置き場にゴミ袋を入れられない住人が…多数、出てきたのである。

 開閉式のゴミガードネットは、その屈強さゆえに、かなりの重量がある。重さを計測したわけではないから体感でしかないが、およそ10キロ…もしかしたらもっとあるようにも、感じる。一応ガスダンパーのような部品もついてはいるのだが、如何せん重た過ぎてあまり役に立っていない。

 どちらかというと体力に自信があるほうである私ですら、ちょっと腰を入れなければ上がらないレベルだ。しかも、ガードをすべて上げ切らないと安定しないので、かなり上の方まで持ち上げなければならない。

 私はゴミを左手で持って、右手でゴミガードネットのふたを開けているから、余計に重たく感じるのかもしれない。両手で持ち上げれば軽いのかも知れないが、朝の忙しい時間帯、わざわざゴミを足元に下ろしてふたを開け、ゴミを持ち上げて捨てるという動作は手間になるのだ。

 私の住んでいるマンションは、年配者のみで構成されている家庭も少なからずいる。しかも、若い世帯でさえ、華奢な奥さんでは太刀打ちできないことも有る。小さなお子さんを片手に抱えてゴミガードネットを開け閉めするのはかなりきつそうだし、危ない。このあたりは車通りも多いので、ちびっ子から手を離すことは危険極まりない。かといって、小さなお子さんを一人家に残してゴミ出しに行くのも怖い気がする。

 おそらく、このゴミガードネットを計画、設計、設置したのは、DIY技術の有る、比較的若い世代の人なのだろう。10キロ程度であれば平気で持ち上げられるような、健康でパワーのあふれる人だとしか思えない。小さな子供のいる生活を知らない人が考えたんだろうなあと、なんとなく、思う。

 はじめのうちは、パワーのある人がごみ出しに来た隙を狙う人もいたのだが、だんだんと、そういう気遣いはなくなっていった。年寄りが、いつ出てくるかわからない若者を待ってゴミ置き場でたちんぼうで待つなど…無理な話なのだ。

 ゴミガードネットが開けられないのだからしょうがないと、中にいれずに外側に放置する人たちが現れた。自分がそういった不届き者たちの形跡を見かけた時には、ふたを開けて中に放り込むのだが…わりと早い時間帯に出すこともあって、なかなかすべてをフォローすることはできない。

 ゴミガードネットの外側にゴミ袋が並んでいるのを見て、誰かが出してるから良いよねと気軽にゴミを置いていく人が増えるようになった。

 カラスが飛んできて、ゴミ袋を漁るようになった。

 ゴミ置き場のスペースぎりぎりまでゴミガードネットがついているので、その手前の歩道に乗り出して粗大ゴミを置いていく人が出てきた。

 粗大ごみが邪魔でゴミガードネットのふたが開けられず、仕方なく外にゴミを置く住人が後を絶たない。

 ゴミがたくさん置いてあるので、ここなら捨てても良いよねと勝手に思い込んで通りかかる人がゴミを置いてゆく。

 ごみ出しカレンダーの曜日の違う人たちが、自分の区画で出し切れなかったゴミを持ち込んで置いていく。 

 マンションのゴミ置き場は、前にも増してひどい有様になってしまった。

 しかも、若くて元気な世帯の人の中には他の世帯も元気で健康な若い人であると信じている人もいるようで、マナーのなっていない、ごみ出しルールの守れない人たちを非難する声が出始めた。

 やたらとピリピリとした空気が漂うようになった。

 そして、ついに…、事故が起きてしまった。

 小さなお子さんが、ゴミガードネットに足をはさまれて骨折してしまったのである。

 頭の上に落ちなくて本当に良かったと思う反面、こんなものが付いていたから事故が起きたのだという怒りが湧くものは少なくなかった。

 事故を受けて、管理人はゴミガードネットの撤去を決めた。

 今度はネットだけで被われるようになった、ゴミ置き場であったのだが。

 やれ手が汚れる、やれ風で飛ばされる、やれカラスが入ってくる、やれネットの上に粗大ゴミを乗せるやつがいる……。ほどなくして、苦情がたくさん寄せられるようになった。度重なるトラブルに不満を訴える者が増え、管理人と熱のこもった話し合いをする様子をマンションエントランスでみた大人しい住民たちが、自分も口を出して良さそうだと思ったらしく、気軽に声をあげるようになったのである。

 住人のリクエストを受けて、軽量スチールネットで作ったガードを取り付けるも、動かしにくい、すぐに開いて猫が入る、塗装の剥げてるところのカスが目に入った、台風で吹っ飛んで植木鉢が割れた、使いにくいから元に戻せ……。

 掃除当番が必要だ、見張り番がいたら良い、介護をしているから当番はやれない、仕事が忙しいから当番はやれない、若い人にお願いしたい、年配のかたの方が時間があるんじゃないですか……。

 外部に委託したら?集金しましょう、高すぎる!これくらいなら住民でなんとかすべきだ、お金で解決できるならその方が、うちには払えない、あの人は出さないのにずるいじゃないですか、出したくない……。

 すぐに苦情が出てしまい、どうにも問題が解決しない。

 試行錯誤するたびに新しい問題が出てきてしまうのだ。

 良いなあと思っていても、何かしら不満を言う人は出てしまうし、思いがけない事件が発生してしまう。

 住民同士もかなりぎこちなくなってきたし、どうにかならないかなあと思っていたら、管理人が我が家を尋ねてきた。

「すみません、今度ゴミ捨て場の場所を変えることを考えていまして。6番の駐車場を、今のゴミ置き場の位置と交換しようという意見があるので…ご相談に参りました。」

 ……確かに、マンション住人からしか見えない位置にゴミ置き場があれば、外部のゴミは持ち込まれにくくなるとは、思う。

 だけど…今のゴミ置き場の位置が駐車場になるということは、雨の日には濡れなきゃいけなくなるし、車通りの多い一般道に面した位置で縦列駐車をしなければいけなくなる。

 ただ出さえ運転技術に何のある私には、申し訳ないけれどぜひともお断りしたい提案だ……。
 でも、ここで断ったら、自分のことしか考えてない人の仲間入りをしてしまうような気がする。
 だけど、一般道を行く忙しいドライバーとの事故を未然に防ぎたい気持ちは大きい。

「すみません、できれば…別の場所での検討を……。」

「はじめは9番に予定だったんですが、断られてしまいまして。次に1番にお願いに行きましたが、やはり断られてしまって。すみません、無理でしょうかねえ?ここで断られると、もう打つ手がないんですよ……。」

 ……管理人は、うちの駐車場をゴミ置き場にすると決めたうえで、確認に来ている?
 ……断られないよう、圧力をかけているような?
 ……断ったら、心証が悪くなりそうだ。
 ……住まわせてもらっているんだから、気を使わないといけないような。

「すみません、ちょっと…考えさせてください。」

 追い込まれた状態では、冷静な返事はできまいと……言葉を、濁した。

 住民のために、受けるべきか。
 自分の意見を言える皆さんのために、言えない私が身を引くべきか。
 誰かに我慢してもらえば良いと考える人のために、自分が我慢すればうまくいくよねと考えられる私が決断するしかないのか。

 ……だめだ、考えれば考えるほど、断りたくなる。

 返事ができないまま、日数だけが過ぎて行く。

 ……私が、妥協するべきなんだろうなあ。
 ……でもなあ、私だけが気を遣うのもなあ。
 ……誰かが我慢しないと纏まらないよね。
 ……でもまとまったところでまたどうせ何か問題は起きるよね。
 ……ああ、返事の電話するの嫌だな。
 ……電話かかってくるまで放置したら悪いかな。
 ……なんで私こんなに悩んでるんだろう。
 ……住人みんなも悩んでるんだろうか。

 悶々としながら、散らかるゴミを片付け、役所に電話をし、ゴミ収集のお兄さんに愚痴をこぼし、住人とコミュニケーションを取り、住人にスルーされ、近隣の人ににらまれ、見知らぬ人に声をかけ……。

 そうこうしていたとある日、マンション一階部分にある塾が、つぶれた。

 生徒さんたちの使っていた駐輪場が潰されて、新しいゴミ置き場に、なった。

 一般道から少し奥まった位置にあるので、外からは確認しにくく、不法投棄はほとんどなくなった。また、マンションエントランスのすぐ横にあり、人通りが多いのでカラスが近寄らなくなった。観音開きの格子状の扉が付いたので、開け閉めが非常に楽になった。

 塾があった場所は、少しお洒落な居酒屋になった。

 ゴミ置き場は店舗の使うものと合同になっているらしく、スタッフさんによる清掃が行われるようになり、ずいぶんきれいになった。

 旧ゴミ捨て場には自動販売機が並ぶようになり、夜中にのどが渇いた時には気軽に買いに行けるようになった。

 慌てて自己犠牲精神を出さなくてよかったなあ、待っていたら物事はいい方向に進むこともあるんだなあと胸をなでおろしたのもつかの間。

 今度は……違法駐車が増えるようになってしまった。
 一階の居酒屋がテレビで取り上げられて、大人気になってしまったのである。

 マンション周りは増員された居酒屋スタッフさんの頑張りでずいぶんきれいに保たれているが、今度は騒音がうるさいと住人たちが騒ぎ始めた。

 私は五階に住んでいるのでほとんど気にならないのだが、二階、三階の皆さんはずいぶんストレスが溜まっているらしい……。

「スミマセーン!!うめきゅうサワーとお!チーズボールお願いしまーす!!」
「はいよー!!!うめきゅーでぇっす!チーボーいっちょう!!」
「ありがとーございぃまぁっす!!」

 今日も居酒屋の店内は大盛況だ。

 元気よくこだまするのは、若々しいスタッフの掛け声と盛り上がるお客さんたちの声、テレビに映るお笑い芸人の面白過ぎるギャグ……。

「はい、お待ちい!今日は一人?」
「うん、週末に町内会の人連れてくるからよろしくです!!」

 たった今ジョッキを運んできた、一回りほど年若い釣り焼けをした色黒のおっさんは、居酒屋の店長さんである。ゴミ出しの時に顔を合わせて、なんとなく顔見知りになって、掃除手伝ったらお酒ごちそうになっちゃって、なんだかんだで週一…いや、二回?三回かも…とにかく、最近は頻繁に晩酌に伺ってはおいしいものを頂いていたりして……。

 わりとこう…陽気な酒である私は、それなりに騒がしくなってしまう事もボチボチたまにわりと頻繁にいつもあるので、なんていうか…、騒音の原因として、問題の一部を担っていると言いますか。

「また苦情頂いちゃいましたよ…はあ。」
「うわー、気の毒!!元気出してね?私は頑張ってるって知ってるから、心から応援してる!!」

 日々懸命に働いている姿を知っているので、口先だけで慰めの言葉などご提供してみたり……。

 大変だよなあとは思うけど、このマンションの住人は、何をしても結局満足はしないと…私は睨んでいる。

 揉め事を起こしたくない私は、矢面に立たされている店長さんに励ましをする事と、地道に居酒屋の売り上げアップに貢献する事しか…できないのだ。

 そう、仕方がない、仕方がないの。

 私がこのお店でビールを頼むのは、ハイボールを飲むのは、チューハイをがぶがぶ行くのは、うまいつまみを平らげるのは、新作メニューをすべて注文するのは、余った一品料理をおみやげにしちゃうのは、全部全部、ゴミ置き場問題のトラブルを受け止めて下さっている店長さんを気遣うべく自主的にやっている事であって。

「あ、いいちこのロックセットお願いしまーす!ボトルありまーす!」
「ボトルもう空になるけど?」

 いやあ、私って…ホント自己犠牲精神旺盛っていうか…。
 まあね、やれることはさ、やっておかないとね…。

「よーし、新しいの、入れちゃお!!!」

 お酒もおつまみもおいしいんだから、まあ万事、OKっていうか。
 明日はゴミの日じゃないし、早起きしなくてもいいからのーむーぞー♪

「ありがとぉーございまぁす!ボトルはいりましたぁー!!!」

「「「ありーっす!!!」」」

 私は…明日の朝、二日酔いになることを、確信したのであった。

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