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お守り袋

大通りで荷物を持ったおばあちゃんを見かけた。
ちょっとよたよたしてて、はた目にも怪しい。

…ケガをする前に声をかけるか。

「おばあちゃん、どこまで行くの。よかったら荷物持つよ。」
「あのね、タクシーを拾おうと思ってね、ここまで来たのよ。」

配車アプリを使って、タクシーを呼ぶことにした。

「今ね、タクシー呼んだよ、えっとね、あと五分くらいでくるみたい。」

おばあちゃんが足元に置いた荷物を二つ、両手で抱える。
…けっこう重いぞ、こんな重たいもんよく持ってたな。

「ありがとうねえ。」

にっこり笑うおばあちゃんに、田舎のおばあちゃんの面影を見た。
今はもう、いないんだけどね…。

ニワトリの放し飼いにされてる庭で、スイカ食べたりして…夏休み、楽しかったな。

「あ、タクシー来たみたい、荷物後ろに積み込むね。」

思い出に浸ってたら、あっという間にタクシーがやってきた。ドライバーにお願いして、後ろのトランクを開けてもらって荷物を入れる。おばあちゃんを降ろすときに必ず荷物を出してあげてくださいとドライバーに念押ししておく。

「お嬢さん、ありがとう、これ、お礼ね。」
「そんな、いいよ、気にしないで。」

おばあちゃんがしわしわの手で…私の手のひらに何かをのせた。

…お守り袋?

「ううん、助かったの、もらっておいて。」

あんまり断るのもなあ…。もらっとくか。

「ありがとう、遠慮なく、いただくね、気を付けて帰ってね。」
「ありがとう。」

おばあちゃんが窓を開けて手を振りつつにこにこしてお礼を言うと、タクシーはゆっくりと動き出して…都会の車列の中に紛れていった。


そんなことがあって、しばらくしたある日。

「ヤバイ!!タクシーがいない!!」

終電ぎりぎりに駅に滑り込んだのだが、改札口でヒールのかかとが引っかかってしまい…。まさかの終電に乗り遅れてしまったので、ある。田舎にふさわしくない、近代的な駅舎の周りはやけにだだっ広く、朝まで時間がつぶせるような場所どころか、コンビニすらない。都会と違い、終電が来なくなった駅前にタクシーは停まっていない。自分で呼ばなければ、タクシーは来ないのだが。

「スマホの充電がない!!た、タクシー呼べないじゃん!!」

仕事の事しか考えてなかったから、充電に気が回ってなかった…。こういうことがあるから残業はダメって言ってんのに!!ブラック企業めえええええ!!!納期は間に合ったがあたしは乗り遅れて…野宿?!

始発まであと五時間…まあ、仕方ないか。

駅前の誰もいないベンチで、カバンの中をあさってみる。スマホのバッテリーとかもしかしたら入ってるかもしれないな、なんてね。…あるわけ、ないけどさあ。

「ああ、これは…おばあちゃんのお守りだ。」

ごっちゃごちゃのカバンの奥から、あの日おばあちゃんからもらったお守り袋が出てきた。結んであるひもがほどけてる…中身がちょっとはみ出してて…一回出して入れ直した方がいいかな?お守り袋を手に取り、大事な中身を入れ直し…あれ。

「タクシーチケット?」

おばあちゃんのお守り袋の中には、木の板と、タクシーチケットと書かれたカードが入っていた。

「チケットって書いてあるけど…どこのタクシー会社?紙じゃないし…」

カード表面にはタクシーチケットの文字、裏面はバーコード?よくわからない模様が書いてある。いつでもお呼びくださいってあるけど…電話番号も何も書いてないよ…。

「どうやってタクシーを呼べっちゅーんじゃ…。」

思わずカードにツッコミを入れ、そっとお守り袋に、カードと木切れを戻すと…。

「タクシーご入用ですかな?!」

「ひゃわああああ!!!」

いきなり声をかけられて、びっくりしておかしな声が出っ!!!あわてて視線を声のした方に!!

「ひゃああああああああああ!!!!」

見上げると、なんだか人じゃない何かがいるっ!!!み、耳?!犬!!この人!!犬だ!!人じゃない!!犬だ!!でかい!!犬が服着て帽子かぶって立ってる!!ちょ!!!混乱がハンパない!!!ひ、ひえええええ!!!!

「ちょいとは落ち着いてみたらどうなんです、私はタクシードライバーですよ、ええ。」

落ち着き払った犬の人は、穏やかに私に向かってね?!なんでこの人、いや犬、こんなに普通の顔してのほほんと話してんの!!!タクシードライバーって!!…そういえば、なんかタクシーが目の前の道路にとまってるぞ。いつの間に?!

驚く私をのぞき込む、犬の人!!へっへっと舌がヘロヘロしてて、でっかい口が開いてて、が、がぶりと今にもきそうでっ!!

「い、いいい犬、犬さんは、私を食べませんか!!」
「…あなたの近くにいる犬は、人を食べたりするんですか?」

人を食べる犬など、一度も見たことがございませんとも!!

「す、すみません、ええと、混乱がハンパなくて、取り乱してしまいました、許してください…。」
「許すも何も。チケットお持ちですね?お乗りください。」

た、助かったような、助かってないような!!

「ご自宅まででよろしいですか?」
「ご、ご自宅までお願いします、はい…。」

犬さんのタクシーは、安全運転で自宅へと向かう。

「あの、私の家分かるんですか。」
「そのお守り袋に記録されておりますよ。」

木切れに記録されてるのかな?

「あの、お金っていくらくらいかかりますか。」

カードで支払えるのかな。

「タクシーチケットに溜まってる分で支払えますよ。」

…おばあちゃんが貯めた分なんじゃないの?……使ったら悪いよ!

「あの、このタクシーチケット、もらったものなんです、だからその…。」
「そのチケットに溜まってる分は、あなたが貯めたものですから…あなたが使っていいんですよ。」

いつの間に貯めたんだろう?というか、そんなすごいカード、もらっちゃったら悪いよ!!返さないとだめなんじゃないの…。

「あの、おばあちゃんの事って、知ってます?」
「ええ、いつもご贔屓にしていただいておりますよ。」

「私、前におばあちゃんにこの…お守り袋もらっちゃって。なんかすごく、その、すごいものなので、かえさないとね?」

ダメだ、混乱と焦りとごっちゃで…おかしな物言いしかできなくなってる!!

…そんなへっぽこな私の様子をルームミラー越しに見た犬さんは、ふんと笑って?…笑ったよね!!今!!

「それはあなたの親切に対してお渡しされたものですから…そのままお持ちになっていらしていいのですよ。返すだなんて、その方が失礼です。」
「い、良いんですかね、だって私、その、たいしたことしてないし、そのう…。」

荷物持ってタクシー呼んだだけで、困ったときに迎えに来てくれて、家まで送ってもらえるとかっ!!

「あなたはずいぶん、受け取ることに対して及び腰というか、ヘタレというか…。もっと堂々となさいな。そんなでは、親切を受け取った側の感謝の気持ちが蔑ろにされてしまいますよ。」

……なんか怒られてる!!

「わ、わかりました、ええと、どうしよう、この場合、この場合はっ!!」
「ありがたく使わせていただく、それでよろしいのです。…さ、到着しましたよ。」

いつの間にか、自宅マンション前だった。

「ありがとうございました、ええと、じゃあお代は、その、カードで?
「ええ、受け取りましたよ、ありがとうございました。」

タクシーのドアが開く。

「あの、おばあちゃんとは、よくあったりしますよね?」
「ええ、明日もお会いすると思います。」

「おばあちゃんに、ありがとうございました、ってお伝えしておいてください。」

「了解いたしました。…またいつでも、お呼びください。では。」

犬さんのドライバーは、スマートにタクシーを発進させ…闇の中にスッと溶けていった。


いつでもお呼びくださいと言われはしたものの。まさか昼間の人の多い時間帯に犬さんのドライバーを呼ぶわけにもいかないでしょ?!使う機会のないまま、ずいぶん、時間が過ぎてしまった。

そんな、ある日。

大通りで荷物を持ったおばあちゃんを見かけた。

ちょっとよたよたしてて、はた目にも怪しい。

…ケガをする前に声をかけるかっ……て。

前にも似たようなことが、あったなあ。

「おばあちゃん、どこまで行くの。よかったら荷物持つよ。」
「あのね、タクシーを拾おうと思ってね、ここまで来たのよ。」

あの時の、おばあちゃんだ!!

「おばあちゃん!!私前におばあちゃんタクシーに乗せた時に、お守り袋もらったよ!!!覚えてる?!」
「…ああ!!あの時のお嬢さんかね!あの時はありがとうねえ!」

今日もあの時と同じようにタクシーを呼ぼうとして…。

「ねえ、おばあちゃん、犬さんのタクシーと普通のタクシー、どっちを呼ぼうか?」
「犬さんでお願いしようかねえ。」

私は、久しぶりにおばあちゃんのお守り袋を取り出し、手で握り込んで、タクシーを呼んだ。声に出さなくても、多分、来てくれるはず。

「おばあちゃんにもらったお守り袋、すごく助かったの、ありがとう。ずっとお礼言いたかったの。これ、おばあちゃんの大切なものだったんじゃないの?私全然知らなくて、使っちゃって…。」

タクシーチケットなんて、そう何枚も作れないだろうし…。

「わたしゃ新しいカードを持ってるからいいんだよ、お役に立ててよかったよ、これからもずっとお持ちなさいね。」

さりげなく返そうとしたんだけど、どうやら返せなさそう。…うん、またおばあちゃんに会うかもしれないし、困ってる人に会う事もあるだろうから、そういうときに使わせてもらおうかな。

「うん、大切にするね。」

にっこり笑うと、目の前にタクシーが止まった。犬さんのタクシーだけど…案外みんな気が付かないんだなあ…。

「はい、お願いしますよ。」

おばあちゃんはドアの開いたタクシーの中に乗り込んで行く。

「すみません、後ろのトランク開けてください、荷物積みますから。」

犬のまま外に出てきたら大変な騒ぎになる、座席のドアから覗き込み、トランクを開けるようお願いする。ゴトンと音がしたので…ああ、トランク開けてくれたみたい、よしよし、では早速…荷物を積み込もうとすると…げえ!!

「お手伝いしますよ、やあ、久しぶりですね。」
「ちょ…!!人の目!!犬の顔っ!!!」

堂々と犬の成りでトランクを開けてしっぽを振り振り舌を出してへっへと笑う、タクシードライバーっ!!!都会の人と車が行き交う道路脇で!!ちょ!!騒ぎになる!!

「大丈夫ですよ、案外人は周りを気にしてないし…ええ。」

ホントかよ!!!ガツンとトランクを閉めたドライバーの犬の人。うーん、確かに誰も気にしてはいないけれども!!…そうか、私が気にし過ぎなのか。

「え、ええと!!!荷物、トランクから出してあげてくださいね、あと、あの、この代金、私のカードから払えるなら払っておいてください、おばあちゃんにお礼がしたいの。」

「ええ…でも。」

何やら犬のドライバーさんが渋い顔をしている。ああ、カードに入ってる分じゃ代金に届かないのかな?

「足りませんか?じゃあ現金でも、良い?」
「足りるどころか、この車だって買えますよ…そうじゃなくてね、あなたが払っちゃうと、おばあちゃんの感謝の気持ちが浮いてしまうんです。ですから、あなたのカードから引き落とすことはできません。」

なんていうか…カードの使いどころが、わかんないなあ…。

「じゃあ、安全運転でおばあちゃんを送ってあげてください。」
「私はいつも安全運転ですよ。ご安心ください。」

ああ、そうだった。そうでした、なんかすみません。

目を細める犬さん…これは笑っているんだよ…ね??

犬さんはスマートに運転席に戻る。…おばあちゃんを見送るか。

「今回もありがとうねえ、今回の分は、カードに入れておいたからねえ。」

おばあちゃんが窓を開けて手を振りつつにこにこしてお礼を言うと、タクシーはゆっくりと動き出して…都会の車列の中に紛れていった。

都会の中の、不思議なタクシーかあ。運転手は犬で、支払いは謎のカード。深入りしたらダメな気がする。私は普通の人間で…。

ちょっと待って。

そういえば、はじめにおばあちゃんが困ってた時、私ってば普通のタクシーを呼んだよね。あれってば、実はすごくヤバかったんじゃ、ないの?いまさら気がついちゃったけどさ、今回、おばあちゃんは迷わず犬のタクシーを希望したよね。という事は、おばあちゃんはたぶんこっちの住人?ではないと思われる。

…あの時のタクシーは、ごく普通のタクシーだったはず。

あのおばあちゃんは、普通のタクシーに乗ってどこまで行ったんだろう?

…この都会のタクシー運転手の一人も、不思議な世界に足を踏み入れたに違いない。

深く考えたらだめなやつだ。うん、考えるのやめよう。

よくわからない謎はそっとしておきつつ、穏やかに生きていこう、うん。

…深追いせずに、のらりくらりと生きていくつもりだったのが幸いしたのか。

「やあやあ、こんばんは。」
「あ、こんばんは。」

知らぬうちに、不思議な世界にどっぷりと浸っている私が、ここにいる。

「少しだけ、お願いしたいことがありまして、ええ。」
「私にできる事なら、どうぞ?」

……私、ごく普通の人だったはずなんだけどな。

「誰でもできる事なんですけど、誰もあなたのようにさらりとこなしていただけないといいますか…。」

私は、犬さんから差し出された瓶のふたをきゅっと、閉めた。…ビンの底に、奇麗な光る玉が入ってる。

「ふうん?これでいいの?」
「ええ、助かりました。私ではビンにふたをすることができないのです、ええ。」

ふたをしたビンを犬さんに手渡して、タクシーにそのまま乗り込んで。

「ついでに乗っていきます、良い?」
「もちろん。」

…勝手知ったるていでタクシーに乗り込んだ、私。

タクシーカードに、何がどれだけ溜まっているのか、全く知らないまま…今も便利に、使わせてもらって、いる。いつまで使えるのかわからないけどね。

いつか私がおばあちゃんになった時、助けてくれた誰かに…このお守り袋を渡したいなと、思いながら。

犬さんの運転するタクシーは、いつも通りに。

安全運転で、私を家まで送り届けてくれた。


犬さんのイメージはこんなんです。


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