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コスプレ

「あらぁ、旦那さんの代理?奥さんも大変だねえ」

 ずいぶん寒さが和らいだなあと思って冬物のコートをクリーニングに出したとたんに寒さがぶり返し、慌ててヒートテックを着込んで着膨れして乗り込むことになってしまった町内会の懇親飲み会の席で、にこやかに声をかけて来たのは……ええと、誰だったかな。

「いや、まあ、はは…いつものことなんで、ええ」

 葉山さんのお店の一番広い座敷の端っこで小ぢんまりとビールを飲みながら、穏やかに返事をしてみる。多少のぎこちない表情と物言いは見逃していただきたいところだ。

 …旦那の仕事が長引いてしまってねえ。会費だかの関係で欠席できないというので、到着するまでの場つなぎ的な要員として参加することになってしまったのだなあ。当たり障りのない話をしつつ、親しくない人たちの顔をうかがいながら時間の過ぎるのを待つ私がここに。

「…でさあ、うちの娘ねえ、コスプレイヤーやってんだよ」
「…え?!そうなんですか?!」

 思いがけないことを聞いた私は、少々酒が入っていることもあり…急激にテンションが上がって、先ほどまでの無口っぷりが嘘のように声をあげてしまった。

「この前もさあ、東京のイベントに行くって言ってね、僕の大きなスーツケースを引っ張り出してさあ…ちょっと待って、写真見せたげる」

 何を隠そう、この私も…ずいぶん前にコスプレを楽しんでいた時代がありましてですね!

 初めてのコスプレは週間少年誌のなりきりコンテストだったな…。
 同人誌即売会でコスプレしながら会場を回ったな…。
 勇者の杖の出来が良くて鼻が高かったんだよね…。
 せっかくチャイナ服作ったのに髪の毛が短くてみつあみできなかったんだよなあ…。
 昔コスペア組んで会場で落ち合ってた男の娘は今頃何してるんだろ…。

 お小遣いでボール紙や色紙を買って色々工作したんだよね。黄色のマジックペンでアルミホイルを塗りまくったものだ。鎧型のコスチュームはホント作るのに骨が折れたんだよ、几帳面で神経質な婆さんがすぐに捨てようとするしさあ。足踏みミシンで色々と縫ったもんだ。花嫁のヴェール用に買ったレースのカーテンがいきなり婆さんの部屋についてた時は腹たったな、せっかく作った剣を勝手に知り合いの子供にあげられた時はショックだった…あのバスターブレードがなきゃ会場に乗り込む意味がないってガチ凹みしたんだよ。二週間かけて作ったのにイベント三日前になくなっちゃってさ、ダンボールにマジックで「剣」って書いて背負う羽目になって…ネタとしてもダダすべりして……。

 少年キャラも青年キャラも、男性キャラも女性キャラも…色々と幅広くコスプレを楽しんできたなあと、しみじみ思い出す。ズンドコズンドコ記憶が蘇り…頭の中が騒がしい。やや腹立たしい思い出が多いような気もするが、それでもコスプレは私の中に色濃く残る青春の証的なタチイチにあって……。

「ほら…これ!!最近露出度が上がっちゃってね、彼氏に怒られたからもうやめるって言ってんだけどね!!」
「へえ、そうなんだ!!私も昔ね、コスプレを・・・」

 差し出されたスマホを覗いてみると……げえ!!

 すんげぇくいこみ!!
 プリプリのあちらこちら!!
 テカテカ輝くコスチュームに身を包み、キラキラ輝く武器を手に…エロかわいく微笑む女子!!

 明らかにプロだ、ここにプロのコスプレイヤーがいる!!

 手作りのなんちゃって衣装なんとなくアイテムじゃない、きっちりと仕上がったコスチューム、ちゃんとした金属で作られた武器・アクセサリ!!バッチリメイクに透き通るようなロングウィッグ……金払ってでも見たくなるような仕上がりぐあいぃいいイイいいいイ!!!

 ああ・・・【コスプレイヤー】とは、へぼいお手製コスプレを楽しむ一般人とは明らかに違う、誇り高き完成された職業なのですね……。

「給料のほとんどをコスプレにつぎ込んでてねえ、部屋の中がものすごいことになっちゃってんの!!」

 聞けばすべてオーダーメイドなのだそうで……。一着二万三万は当たり前、中には十万越えするようなものまであるのだとか。そりゃあ一回着ただけで処分なんて軽々しいことはできませんわな…。勝手に処分だの譲渡だのできるはずもございませんわな……。

「奥さんも昔コスプレしてたんでしょ!!旦那さんから色々聞きましたよ!!ゲームの主人公にマンガの脇役、かっこいい女の子に獣の被り物だっけ?写真残ってないの?娘がね、ぜひとも参考にしたいって言っててねえ、どうやってコスプレを卒業できたのか知りたいってねえ、なんか青い犬のキグルミ作ったんでしょ?今も何か作ってるんですか?」

 ちょっと待て、なんか今聞き流してはいけないことを聞いたような気がする!!
 誰から・・・何を聞いたって?!

「へっ?!いや、その、はは、写真はね奥のほうにね?!卒業も何もエエとー!!!」
「あ、私も聞きたいと思っていたのよ、娘さんに魔法使いのパティシエ服作ったりしたんでしょ?」
「え、なになに、ああ、この人が春川さんの奥さんか!!聞いたよ、イベントで漫画のかっこうしてCD売ってたんでしょ!!いつもはるちゃんがさあ・・・」
「ああー!!聞いた聞いた、全国を衣装ケースもって行脚したんでしょ、健康ランドでコピーをホチキス止めして本にしたってさあ!!」

 ぎょ―――――――――――え―――――――――!!!

 なんか人が、集まって・・・キター!!!

「は、ははは!!たいしたことないですよ、私のは仮装パーティーレベルでね?!あ、ごめんなさいちょっと私お手洗いに!!」

 旦那の…旦那の罪が!!重すぎる!!!
 ただでさえクソ重たいデカイ体をした三桁越えのクセに…その言動までもがずっしりと重みをですね?!

 あの肉と脂の塊めぇえええええ!!!なに勝手に…人の過去をバラしてんだー!!!

 怒り心頭で座敷の入り口に向かうと…ムム!!
 あの窮屈そうにテーブルの間を抜けてくるずんぐりむっくりしたでかすぎる影は!!!

「ごめーん!!遅くなったー!!あ、お母さんありがとね、代理!!あとは俺食べとくからいいよ!!」
「あ、あんたね、いつも一体何をどう説明、つか言って良いことと悪いことってのがさ?!そもそもなんでアタシが急に、ちょっと靴ぐらい普通に脱げないの?!」

 靴を揃えもせずに座敷に上がりこむ肉と脂の塊に怒りの篭った言葉を投げつけていると!!

「あ、来た来た!!会長遅いよ!!コッチめっちゃ揚げ物余ってんの!!早く喰いに来てー!!」
「今奥さんに過去の栄光について聞いてたとこ!!」
「ねえねえ、今度のスプリングフェアイベント決まってなかったよね!!」
「おーい、会長来たからコーラ五本持って来てー!」
「かいちょー、こないだの決算報告のはんこ、まんがのやつだったけど?!」
「はるちゃんうなぎ食べるでしょ?」

「うん、たべるたべるー!!」

 のしのしと座敷の畳を踏みしめる旦那を見送った私はですね?!

「奥さん、写真よろしくね!!会長じゃ探せなかったって言うからさあ、諦めてたの!!」
「たのしみにしてまーす!!」

 ……ちょっと前に私の部屋が荒らされたのは!!!これが、これが原因だったのかっ!!!何探してんのって聞いても濁されて、不信感しかなかったやつ!!!

「は、ははは…、もう残ってないですよ、じゃ、私はコレで、ハイ、失礼します…!!」

 速攻で過去の写真を整頓&隠蔽することを誓った私はですね?!

 底冷えする三月の夜の道を!!カッカカッカと怒りに燃えながら!!

 ぽかぽかと!!メラメラと!!熱くなって帰宅したというお話ですよ!!!

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