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もぐら

日に日に秋が深まってきた、土曜日の午前。
……心地よい風が吹き、空にはさば雲が浮いている。

絶好の行楽日和となった本日、家族そろってキャンピング施設へとやってきた。

キャンプ場には、テントを張るファミリーや魚を釣るチビッ子、トンボを追うやんちゃ坊主に後を追うお母さん…、休日を楽しむ人々が溢れている。目に映る木々は青々としており、夏はまだ終わってはいないと思う反面、猛暑の時期は過ぎ去り穏やかな気候へと移り変わったのだなと、しみじみ思う。季節の変わり目というのは、どこか心寂しさを感じるものだ…。

「今日は炭火バーベキューハウス空いてるね!なんか貸し切りみたいだ!!」
「すごーい!!!早く炭に火つけてよ!!」
「野菜取ってくる。」
「蚊取り線香焚いとくわ!」

このキャンプ場は、宿泊施設であるバンガローとテント設営スペース、日帰り炭焼きバーベキューが楽しめるコーナーがある、市内でも人気の場所だ。宿泊施設として人気が高くいつも込み合っているものの、バーベキューハウスはわりと空いていることが多くて、穴場となっているのだな。

真ん中に炭焼きできるコンロが設置されている大きなテーブルスペースと車一台分の駐車場が3~6時間貸し切りでお手頃価格、しかも遊べる川あり、簡易シャワーあり、大きな芝生ありという、至れり尽くせりの施設で、我が家のお気に入りの場所なのである!
毎年暑すぎる夏と寒すぎる冬を避けて、意気揚々とやってきては肉を焼きキノコを焼き、川で石を投げ、河原で高いびきをかき、うっかり日焼けをしてひいひい言いながら帰宅する、それが恒例行事となっておりましてですね!

惜しむらくは電源がないため毎回ご飯を炊いてジャーごとこちらに持ち込まないといけないという事と、山の中なので虫対策が必要だという事か。二年前にアブにたかられて以来、蜂アブジェットを欠かさず持ち込むようになったのだなあ。
コンロ付きテーブルはバーベキューハウス内に8卓あり、予約時にその場所を指定することはできないため、運が試されるのもスリリングでさ。いちばん端の部分だと駐車スペースから遠くなり、洗い場に近くなる。真ん中あたりだとゴミ捨て場が近くなり、センターハウスへの動線が便利だ。

今日は…一番奥の、山の斜面が近いテーブルなので、虫の飛来には厳重注意が必要だな。なんだかんだで草木が近いと、自然界に生きる生物も乱入しやすいといいますか。

「野菜って全部切ってあったんだっけ?」
「うん、あとは焼くだけだよ。あ、でももやしなんかは洗わないといけないな。」
「僕洗ってくる。」
「あたしもあらお!!!」

息子と娘が、大きなざると袋に入ったもやし、サンチュをもって洗い場に向かう。私はトングや箸、焼き肉のたれ、紙皿などを用意しつつ、テーブルの上に食材をどう配置していくか知恵を絞る。

旦那の前に高級肉を置くのは危険だ、まだ炭の勢いがついていないのに網の上に乗せ、中まで火が通っていないにもかかわらず平気平気と適当なことをぬかして喰らわれる可能性が高い。だが、安い豚肉を置いて食中毒になってしまっては帰りの車の運転に支障が出る、ここは野菜を置きたいところだが…それでは私が食べたいピーマンやしし唐、トウモロコシなどが取りにくい。旦那の前にはドリンク一式を置くのがよさそうだ。息子の前にはハンバーグとキノコのトレイを置くのがいいだろう、娘の横にはジャーを置き、ご飯係に任命するのがいつもの流れだ。私の後ろにはクーラーボックスを置き、バターだの冷やしトマトだの注文に応じていろいろと差し出す……。

―――ヤバイ!!お母さんに言わないと!
―――言わない方がいい!

……なんだ?

何やら騒がしい子供たちの声が聞こえた気がする。誰もいないと声が響くんだよね、このハウス……。

「なに、なんかあったの!!!」

大声をあげると、何やらニヤニヤとした娘がどすどすとやってきた。

「なんかいるんだって!!!ひょっとしたらネズ
「その先の言葉を口に出してはならん!!!!!!」
「言うべきじゃなかった…。」

ネのつく動物が非常にとんでもなく本気でマジ勘弁してほしいくらいに苦手な私、ウキウキ気分が秒で吹っ飛び、ヤバイ、なんだこの震えは!!!

「うん、もう帰ろう、ここは危険だ、地球はヤバイ、未来のお友達が破壊する可能性がある!!!」

どこで見た、どこにいる、どこのどいつが、どこに、どんだけ、どういう大きさの、どういう動きで、どこ、どこ、どこ、どこぉおおおおおおおお!!!

「何言ってんの!!!もー、大げさだなあ、ここは山なんだから山ねず「ぎゃああああああああああ!!!!!!!」」

旦那ののほほんとした声が憎い!!

「あ、こっち来た!!!ヤバイ、走ってる!!何これウケる!!!」
「来た!!!」


ハイ?!

はい、はい、ハイ、はいぃイイイイイイイイイイイイイイ?!


洗い場の方から、足元に!黒い何かが!い、いいいいいいいい一直線にィいいいいいいいいい!?


来る!

ヤツが、この場所に、乗り込んでくるゥううううううううううううう!


ここに居ては足の先から頭の先まで齧られて一巻の終わりだ!!!!私は炭を動かしていたトングを持ったまま、非難違った、避難をしようと!!!!!!!!

「うん?これもぐらじゃん!!!!!!!お母さん、これもぐらだよ、鼻が細いし体長いし、手にスコップついてる!!!」
「ああー!!言われてみれば!!へえ!!あたしモグラ初めて見た!!!」
「すごい!」

「もぐら?!なんでこんなとこ?!普通花壇の中とか畑の中にいるもんじゃないの!」

旦那が炭バサミで黒い…いや、茶色い、そしてやけに胴が長い……、うん、これはヤツではないな、もぐらをつまみ上げているのをのぞきこむ。

じたばたしているな、小さい目だ、爪がカッコいい、わりとつやつやしているな…土の中に暮らしているんだから泥んこになってそうなもんだけど、意外だ……。

「野生動物なんだから山にもいるでしょ!ゴミ箱の残飯狙ってきたのかも?まあ、キャンプに来てるチビッ子が捕まえちゃうかもしんないから、向こうに放牧しよ!」

山の斜面の裾にもぐらを置くと。

「うわあ、すごい!はやっ!」
「もう埋まった。」

わりと固そうな小石と雑草だらけの土をみるみる掘り進め、あっという間に土の中に消えたではありませんか。野生の力、恐れ入る!

感心しながら肉を焼き…、野菜を焼き…、ご飯をすべて食い尽くされ、焼けたのも焼けてないのも食い尽くされて、持ち込んだ食材がすべてなくなったあたりでバーベキューハウス内に人がたくさんやってきた。

大学生のグループに、ファミリー、中年男性のグループ…、楽しそうな声があちらこちらに響いている。

「あたし洗い物してくる!」
「僕もやる。」

ボウルや炊飯器の釜、しゃもじなんかを娘と息子に託し、私はごみを袋にまとめる。ここは分別さえキチンとすればごみを捨てていくことが可能なのですよ。
旦那は火のついた炭を周りのテーブルに配っている…、大丈夫なのか、ありがた迷惑になってやしないのか、ちょっと気になる。

「網洗って来るわ!」
「へいへい。」

炭を配り終えた旦那は、焦げた網を持って洗い場へ。
私はごみを集め終わったので、テーブルをふきんで拭く。

相変わらず旦那はタレだのお茶だのこぼしまくりで、ホント若いときから変わってないなとあきれておりましたら。

―――ヤバイ!!お母さんに言わないと!
―――言わない方がいい!
―――お母さんに言わない方がヤバい!!

なにやらざわめくハウス内に、不穏な会話が紛れているような。

「ちょっと?!なに騒いでんの?!」

「お母さん、ゴミこれで全部?あたし持ってくから!」
「ここのゴミ捨てボックスさあ!すごいよ!底にうごめくネズ
「言わない方がいい!」」

私は、ごみ出しを家族にすべて任せ。

一人、心を落ち着かせるために、河原へと向かい。

石をいくつも投げて、投げて、投げまくったという、お話ですよ……。



キャンプ場はマジでヤバイ、あそこは危険すぎる!!
だがしかしキャンプ施設の魅力はこの上なく…!!!


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