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戯画

絵を描くという事に、夢中になった時期が何度かあった。

初めて色を手にした、保育園の頃。
見た形を線で表現することに夢中になり、色をのせる楽しさにのめり込んだ。
…私が楽しむ、絵を描いた。

初めて賞をもらった、小学生の頃。
自分の描いた絵が誰かに認めてもらえたことで、次の絵を描く気力がわいた。
…誰かが認める、絵を描いた。

初めて人を笑わせた、中学校の頃。
漫画クラブで描いた四コマがみんなを笑わせたことで、起承転結にこだわりを持った。
…見た人の表情を変える、絵を描いた。

いつだって最初は、誰かを楽しませたいと願う気持ちが、作品を生み出した。
誰かの中には、自分も含まれていて、いつだって私が一番、私の絵が、大好きだった。

けれど、流れは突如変わる。

初めて批判を受けた、高校生の頃。

描いた漫画が、おもしろくないといわれる。
描いた漫画が、誰かの真似だといわれる。
描いた漫画が、見苦しいといわれる。

こんなにへたくそなのに何で見せようとするのかな。
こんなおかしなものを見せていいと思っているのかな。
こんなの見せたらダメなんだよ。

容赦のない批判を浴び、自分の世界を閉じた。

大学に入って、またもや流れは変わる。

私の世界を知らない集団の中に埋もれる幸せを感じた。
…この場所に、私の世界を否定するものはいない。

たった一人で乗り込んで行った、新天地。
私は自分の世界を閉じたまま、新しい世界を知る。

描くことに夢中だった私は、誰かの描いた絵に夢中になった。

西洋、東洋、近代、日本美術。
様々な絵を見るうちに、自分の中の概念が変わる。

絵に夢中だった私は、誰かの造り出した芸術に夢中になった。
彫刻、建物、陶芸、壁画。
様々な作品を見るうちに、自分の中の概念が変わる。

…自分の世界を、誰かに否定されて閉じた事実に、打ちのめされた。

自分が一番、自分の絵を好きだったはずなのに。
自分が一番、自分の絵を閉じ込めていた。

私は再び、絵を描き始めた。

絵を描きながら、誰かの描いた絵を研究し始めた。
絵を描きながら、誰かの創った芸術を研究し始めた。

誰だって、はじめは誰かのために、絵を描き、何かを創った。

…漫画のはじめとは、どんなものだろう?

鳥獣戯画と、私の出会い。
日本最古の漫画と称される、一部消失している絵巻物。

墨一色で描かれたこの世界に、私は夢中になった。

持ち去られたり、焼失したり、加筆されたり…、その姿は描かれた当時をそのままにしていないというのに、この魅力はなんだ。
ありえない光景、素朴すぎる線、彩の乏しい画面…、その姿はどんな芸術作品よりも群を抜いて地味だというのに、この魅力はなんだ。

鳥獣戯画に、描いた人の誰かに対する喜ばせたいという気持ちを、読み取る。

鳥獣戯画の、失われた部分に、見た人の独占欲を感じた。
鳥獣戯画の、焼失した部分に、見たいと願った人の悲しみを感じた。
鳥獣戯画の、加筆された部分に、作品への執着を感じた。

ただ、戯れに描かれたとされるこの作品に、自分の世界をそっと、重ねる。

戯画で、いい。
賞賛など、あとからつくものであって。
ただ、描いたらいい。

ずいぶん、気が楽になった私は、頭の固い生き方をしてきたという事に気が付いた。


あれからかなりの年月が過ぎ、今、私は物語を綴る。

私の中の、矜持は、戯画。
おかしな物語を、ただ、戯れに。

誰もが目を見張る、唯一の光輝く物語ではなく…、墨一色で、ほのかに漂うおかしさと日常、ありえない風景を綴る。

始めはただ、誰かが喜ぶ世界を描きたかった。
今はただ、自分という誰かが喜ぶ世界を書き綴る。


未熟な文字を、不器用につないで、私の世界を、ただ、綴る。

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