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距離感が縮まったので遠回りをするようになった話

 私は毎日歩いて15分の位置にある実家に通っている。

 子供と旦那を送り出してすぐに実家に向かうので、毎朝八時過ぎに、同じ道を通る。

 実家に向かう途中には、やや大きいゴミステーションがある。

 いつもごみが雑多に詰まれているうちのゴミステーションとは違い、いつもきれいに掃除がされており、几帳面にゴミが陳列している。地域の皆さんが協力し合って、共同の場所を美しく使っているのだなあと感心していた。

 ある日、たまたま通りかかった時に、生ごみが散乱しているのを見かけた。カラスがイタズラしたようだった。うちのゴミステーションもカラスにやられてひどいことになる時がある。きれいにしていても結局こういうことは起きてしまうんだなと思いながら、前を横切ろうとした。すると、ゴミの向こう側から人が出てきた。

 お爺さんがほうき片手に掃除をしているようだ。…ご苦労さまです、そう思いながら横を通り過ぎようとすると。

 カタン、かしゃっ……。

 ゴミステーションのコンクリートの上に置いてあった、ちり取りが落ちて転がってきた。

 私の足元に転がってきたので、拾っておじいさんに手渡した。

「ありがとう、手伝ってくれるのかい?」
「あ、まあ…はい」

 ちょうどごみを集め終わったらしいお爺さんは、ちり取りを持った私に期待の目を寄せた。

 ……老人だし、無下にするわけにもいくまい。

 私はちり取りを構えてゴミを受け止め、おじいさんの足元にある口の開いたゴミ袋の中に入れた。

「助かったよ、ありがとうねえ!」
「・・・いえ」

 にっこり笑うお爺さんに軽く頭を下げ、その場を立ち去ったのだが。

 その日以降、やけに…おじいさんと顔を合わせるようになった。

「この前はありがとうね、助かったよ!」
「いえいえ、またいつでも、どうぞ」

「おはようございます!」
「おはようございます」

「おはよう、今日はいい天気だねえ!」
「おはようございます、ホントにねえ」

 ゴミの日は月、水、金。

 私が通りかかる時間帯、いつも顔を合わせるようになった。

 顔を合わせるたびに、元気よく挨拶されるので・・・無視するわけにもいかず、返事をした。

「おはよう、ごめんね、ちょっとこのアミ、押さえるの手伝ってもらっていいかな?」
「おはようございます、大変ですね、良いですよ」

「あ、おはよう、ごめんね、このゴミはじけてるから別けてるんだけど、押さえといてもらっていいかなあ?」
「おはようございます、これでいいです?」

「ごめーん、ちょっとヘルプ、ヘルプ!」
「わあ!無理しないでください、私持ちますよ!」

 何度も挨拶を交わすうちに、ずいぶん・・・フレンドリーになってきた。

 おそらく、お爺さんには…仲良くなったという、仲良くなれたんだという、自負のようなものがあるのだろう。

 私が断らないと確信して、気軽に声をかけてくるようになった。

「ア!来た来た!ごめん、ちょっと手伝って!庭の木を切ったもんだからさ、一人じゃ運べなくて!」
「え?あの、えっと、今回だけですよ?」

「悪いんだけどさあ、重くて運べないからうちまで来てくんない?新聞めちゃめちゃあるんだわ!」
「あの、次からは少しづつ出すようにしてくださいね?」

「粗大ゴミもって来ないといけないんだわ、早くこっちきて!業者来ちゃう!」
「え?!私そんなの持てないですけど?!」

「俺よりも20歳も若いくせに何いってんの!持てる持てる!」

 何度も気を利かせていたら、いつの間にか私がおじいさんに気を使うのが当たり前と思われるようになっていた。

 私は完全に、お手伝いさん?という認識をされてしまったようだ。

 そろそろきちんと断るようにしなければ、そんなことを考えつつも、誰も頼れる人がいない人なのかもしれないと思うと・・・いまいちばっさりと切り捨てることも、できない。

 木曜、コンビニに行く用事があったので、売り場の通路にしゃがみこんで電池を探していたら、入り口のほうから騒がしい声が聞こえてきた。

「こんなもんはなあ、暇なやつにやらせておけばいいんだ!何で俺たちが!」
「でもこれ一応町内会の規約だし、信用できる人がコピーしないとねえ。まあ、十枚だけだからすぐ終わりますよ。」

 よく分からないが、町内会で必要な資料をコピーしにきたらしい。
 一人はかなりの年配、もう一人は私よりほんの少し上の世代の人…かな?

「今日の会議が終わったら500枚コピーしないといけないんですよね、めんどくさいなあ…。」
「500枚なんて重くてもてんだろ、いいよ、それは婆さんにやらせるからさ。」

 コピーをとっている間、雑談をしているようだが…その、内容が。

「ああ、最近仲のいい何でもやってくれる便利なおばさんのことですか?」
「明日は金曜だし、便利屋のババアが来るんだよ!ちょうどいい、やらせとくから!」

 なんか、こう…、気のせいか、非常に、身に覚えのあるような、ニオイが。

「いいなあ、僕にも紹介して下さいよ、実は本棚解体しないといけなくて困ってるんです。」
「いいよ、じゃあ今度連れてくわ、無愛想だけど素直に動くんだ、月曜でいい?」

「やったー!頼みますね、ホコリだらけで汚いし重いし、ホント困ってたんですよ!!」

 騒がしい声が入り口のほうに移動して行ったので、そっと立ち上がり…視線を向けると。

 ……ああ、やっぱり。

 あの後姿は……ゴミステーションのじいさんだ。

 ……なんだあ、そんなふうに、思っていたのか。

 そういわれてみれば、最近はありがとうの言葉すらもらってなかったような気がする。

 やってもらえることが当たり前になっちゃったんだな、たぶん。
 やらせるのが当たり前になっちゃったんだな、おそらく。

 ……そうだなあ、最近少し、太ってきたとは思ってたんだよね。

 明日からは、少し遠回りをして、実家に向かうことにしよう。

 幸い、あのクソジジイは私の実家の場所も、私の住んでいる家も知らない。

 もう二度と、あのゴミステーションの前は……通らん!!!

 じいさんがどうなったのかは知らないけれど、私のふくらはぎは……、少しばかり、引き締まったという、お話。



この話の一番怖い部分:フィクション部分の方が多い

気の弱い人は気の強い人のために存在しているわけではないのだ…。

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