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メデューサのなみだ

 …今日は、晴れ。

 私の髪の毛の機嫌は、よろしくない。
 照りつける太陽の日射しを浴びて、ツンツンしている。

 爽やかな香りのヘアウォーターを振りかけて、落ち着かせてみる…。
 自己主張の強すぎる私の髪の毛が、ほんの少し、大人しくなった。

 だけど、恵みの水はあっという間に蒸発して…、見る見るうちに元通り。

 …今日は、気温が急上昇。

 髪の毛の機嫌は、芳しくない。
 ごわつく頭部に熱が籠って、イライラしている。

 きっちり髪を縛りあげ、落ち着かせてみる…。
 くせの強すぎる私の髪の毛が、ぎっちりと纏まった。

 だけど…気の強すぎる集団は、無理やり集められた腹いせに、毛根を痛めつける。

 …今日は、雨。

 髪の毛の機嫌は、どうにも悪い。
 漂う湿気に取っ捕まって、膨れっ面をさらしている。

 長年愛用しているヘアムースを乗せて、宥めてみる。
 気ままに膨張した遠慮をしない髪の毛が、キレイに整列した。

 だけど…良い子ちゃんのふりも飽きたわと、揃いも揃って、すぐに全員そっぽを向いてしまった。

 ずいぶん、わがままな、私の髪の毛。
 かなり、不機嫌な、私の髪の毛。
 とっても、扱いにくい、私の髪の毛。

 だけど、一日に一度だけ、とってもいとおしくなる。

 とびきりのリラックスタイムに、髪の毛を甘やかして差し上げる。
 とびきりのリラックスタイムで、髪の毛を癒して差し上げる。

 いつも不機嫌な髪の毛が、とびきり喜ぶ、とっておきの、時間…お風呂タイム!

 ゆっくり、丁寧に、ブラシをかけて。
 そっと、やさしく、お湯でぬらして。
 ゆっくり、丁寧に、シャンプーで揉んで。
 そっと、やさしく、しっかりと、お湯で流して。
 ゆっくり、丁寧に、リンスを浸透させて。
 そっと、やさしく、しっかりと、お湯で流して。
 ゆっくり、丁寧に、コンディショナーを纏わせて。
 そっと、やさしく、しっかりと、お湯で流して。

 つるつるの、すべすべになった、私の、髪の毛。
 コシのある、活きのいい、私の、髪の毛。

 マイクロファイバータオルで、余分な水分を吸収し。
 ちょっとお高いヘアオイルをつけて、ドライヤーで乾かし。
 灼熱を浴びたダメージを、トリートメントで潤して。

 つやつやで、しっとりと纏まる、私の、髪の毛。

 全部の髪の毛が、同じ方向を向いている。
 髪の毛がきれいにまとまって、さらさらとなびいている。

 いつまでも、さわっていたい。
 いつまでも、撫でていたい。
 いつまでも、櫛を通していたい。

 いつまでも、このままの状態でいて欲しい。
 いつまでも、このまま髪を愛で続けたい。
 いつまでも、このまま穏やかな時間を過ごしたい。

 つややかな髪と共に、ベッドに入り。

 風と共に戯れる、髪の毛の夢を見る。
 リボンに彩られて、髪の毛がはにかむ夢を見る。
 あの人に撫でてもらって、髪の毛に感謝する夢を見る。

 …夢を、見たあとは。

 ぼさぼさに仕上がっている髪の毛と、対面しなければならない。
 出口のない迷路のように絡み合う髪の毛に、翻弄されなければならない。
 二倍に膨れ上がった頭部を、押さこまなければならない。
 見た目にも物質的にも重たい頭部を、宥め賺せなければならない。

 …ああ、普通に寝ているだけなのに。

 どうしてこんなにも、私の髪の毛は絡まってしまうのか?
 どうしてこんなにも、私の髪の毛はおかしな癖がついてしまうのか?
 どうしてこんなにも、私の髪の毛はばらばらの方向を目指してしまうのか?

 スプレーをふりかけ、もつれをほぐしながら、手櫛を通す…。
 …通らない。

 ぐしゃぐしゃの髪の毛の中に手を突っ込んで、手櫛を通す…。
 …通らない。

 …ああ、もう、時間が、ない。
 優しくしているだけの、余裕が……ない。

 乱暴に、髪の毛に、櫛を、通す。

 シュー!シュー!
 バリ!!バリ!!
 ザ、ザザッ!!!
 バチッバチバチッ
 ごり、ごり!!!
 ぶっちぶち!!!
 シュー!シュー!
 バリ!!バリ!!
 ザ、ザザッ!!!
 バチッバチバチッ
 ごり、ごり!!!
 ぶっちぶち!!!

 櫛を通すたびに、膨れ上がる髪の毛。
 櫛を通すたびに、ちぎれて積もる髪の毛。

 …そりゃあ、髪の毛も、不機嫌になるわなあ…。

 髪の毛を無理やりひとまとめにしたら、丸出しになった、とぼけた顔が、鏡に映った。

 鏡に映った髪の毛と格闘している私の顔は、まさに…鬼の形相。

 ああ、老けたな。
 ああ、白髪増えたな。
 ああ、顔色悪いな。
 ああ、頭でかいな。
 ああ、顔でかいな。

 …居たたまれなくなって、目を逸らしたら…なみだが、ちょちょぎれた。

 うん、これは…、頭皮の痛みのせいなんだからね……。

 私は、愛用のスプレーをこれでもかと頭に吹き付け、がっちり髪の毛を固めると、食事の準備をするべく、キッチンにむかったのだった。

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