蝉かミジンコか人間か
「はい、お疲れさまでした、いかがでしたか、人生は」
「あまり報われない不満の多い人生でした、次はもっといい運命を生きたいです」
「はあ、人生、つまらなかったですか、それはそれは」
「もっと実りの多い、楽な人生がいいですね」
「ああ、安心して下さい、もう人間になりませんから」
「はあ?!なんです、それは!!」
「あなたはねえ、次は蝉ですね」
「いやですよ、虫なんて!!!」
「そうはいってもねえ、人間に生まれるべき魂が溢れているから無理ですね」
「どういうことです!!」
「生まれ変わり人口がね、今パンクしているんですよ。人として生まれるべき魂に対し、人間の数が少なくてね。今人口が減少しているし……」
「じゃあ、人として生まれることができるまで、待ちます」
「ダメですよ、蝉が全然足りてない、あなたが生まれてくれないと蝉が絶滅するかもしれない」
「蝉なんて勘弁してくれ!!あんな土の中に潜って一週間で死ぬ運命なんかいやだ!!!」
「じゃあ、ミジンコならいいですか?あれは広い世界を体験できるし、わりとサイクルも短くてサクッと生まれ変わりが可能ですよ」
「ミジンコ?!ふざけるな!!!俺は人間だぞ!!今さらプランクトンなんかになれるか!!」
「ミジンコをなめないでください、遺伝子の数でいったら人間より多いんです」
「そんな取ってつけたような説得されても俺は絶対に認めんぞ!!!」
「……でもねえ、ごねたところで、あなたは絶対に人間になれないんですよ」
「なんでだ!!!理由を聞かせろ!!!」
「あなたはね、人間に生まれ変わるには、悪意が多すぎるんです」
「はあ?!俺は警察に捕まったことも無ければ人を殴ったこともない、善良な一市民だったぞ?!何ならいじめられっ子で、被害者側だった!!」
「そう言われましてもねえ……、ずいぶんありますよ、あなたの悪意……全人類死ねと思った日もあったしすれ違った子供に罵声吐いたり隣に座ったおっさんにわざとタバコの煙吹きかけたし割り箸も何度も盗んでるなスーパーのポリ袋もずいぶん無駄に拝借してるしご意見箱にレシートのごみ入れてますねあとホテルのシャンプーに水混ぜてるし手を洗わずに叉焼のせて憂さ晴らしとか完全に自分のミスで削除したファイルを機械の不具合のせいにして逃げたり自分からぶつかっていった車に前方不注意の罪着せたり酒に水入れて提供したりすれ違ったババアに微笑みかけつつ今すぐ腐って蒸発しろって思ってみたり…ええとそれから……」
「なんだそれは!そんなのみんなやってるじゃないか!!なんで俺ばっかり咎められなければいけないんだ!!」
「いや、ですから、皆さん蝉ですけど。あなただけの話じゃないんですよ」
「はあ?!じゃあ人間には誰が生まれ変わるんだ!!」
「蝉とか虫とか魚とか…人間以外の皆さんですね。」
「は?!虫ごときが、魚ごときが人間やれるわけねえだろうが!!!」
「ですから、生まれて人間を学んで育っていくのですよ」
「そんな馬鹿な!!人間をやったことの無い虫が人間になって、俺が虫に?!有り得ん、横暴だ!!」
「虫は悪意がゼロですからねえ。そんじょそこらの人間より無垢なんですよ、だから人間に生まれていくんです」
「虫が人間になれるはずない!!俺を、俺を人間にしてくれ!!」
「不満の多い人生だったんでしょう?もっと不満多くなるかもしれないのに、人間になりたいんですか?」
「虫になるよりはましだ!!!」
「……あなたは無垢で生まれて、いろいろ、学んでしまったんですね。せっかく人間に生まれたのに」
「なんだ、その言い方は!!!」
「なあに、またすぐに人間になれますよ」
「今人間にしろと言っている!!」
「まあ、どうしてもというなら……そうですね、記憶を残して差し上げましょう」
「記憶?!そんなもんでごまかされんぞ!!」
「……あなた、ごねても摂理は変わりませんよ。死んだら生まれ変わる、生まれ変わるために不要なものを持っている魂は人間にはなれない。人間だった時もそういう事あったでしょ、悪い事をしたら捕まる、包丁で人を刺し殺したら聖人君子として崇められることはないってね」
「そんなのわからないだろう!そういう時代があったのかもしれない!!」
「そんな、あなたの生きていない時代にあったかもしれないことを持ちだして、自分の生きた時代の言い訳を通すつもりなんですか?」
「俺は嫌なんだ、俺の中にある、俺の記憶が虫になることを拒絶している、人間であった頃の尊厳を俺は失いたくない!!!」
「ええ、ですから、記憶を残してやると言っているんです。さ、早く生まれてください。……さっさと、ここに入れ!!!」
どかっ!!!
「ちょ、なにしやがんだ!!!」
「……早く生まれ変われるといいですね!なあに、普通のミジンコだったら、あっという間に食物連鎖に巻き込まれてすぐに人間になれますから」
ぐるん、ぐるん。
ぐるん、ぐるん。
……だまされた。
ミジンコになってしまった俺は、水にぷかぷか浮きながら、己の運命を呪っていた。
あの、不愉快な存在は、悪意があれば人間にはなれないと言っていた。
つまり、人の記憶を持ったままである俺は、おそらく次も虫にしかなれない。
なぜなら今、今俺の頭の中はあの理不尽で身勝手極まりないクソ野郎に対する怒りと侮蔑と蔑みと恨み、そういったものが激しく渦を巻いているからだ!!!
「―――?---!!」
何やら騒がしいようだが、俺がミジンコだからか、何を言っているのかわからない。声のようなものが聞こえるという認識しかできない。
「---、右―――」
右という言葉が聞こえたような気がする。
……よくわからないが、右に動いてみるか。
頭を上と考えて、右の方向へ。
「―――?―――、―――トマレ―――」
トマレという言葉が聞こえたような気がする。
……よくわからないが、止まってみる。
「!!!―――、右」
……よくわからないが、再び右に動いてみる。
先ほどと同じように、頭を上と考えて、右の方向へ。
「―――?―――!!!―――トマレ!!!」
トマレという言葉が聞こえたような気がする。
……よくわからないが、また、止まってみる。
何度か同じようなことが繰り返された。
……自分の置かれている環境がよくわからない。
視力が弱いからなのか、辺りに何があるのかわからない。
ただ自動的に口を動かし、何かを体内に取り入れ、何かを排出しているらしい。
時折聞こえてくる、右、左、トマレの言葉に反応しつつ過ごしていたら。
突然、自分が広がるような感覚が、生まれた。
……なんだ、これは。
自分は確かにここにいる。
だが、ほかにも、自分が存在しているような、おかしな感覚。
共感覚?
集団意思決定の大もと?とでもいえばいいのか。
自分という個体が存在しているのだが、自分という別個体も存在しているのが本能的にわかるのだ。
例えば、今何かを食っている奴(自分)
例えば、今排出をしている奴(自分)
例えば、今何かに食われた?奴(自分)
まるで、自分のクローンが、どんどん増えていくような、おかしな感覚。
いつまでたっても、食物連鎖の中に混じりきることができない。
自分が食われて?も、別の個体の中にある俺という大元の意思が、俺の消滅を許さない。
いつまでたっても、自分が消滅しない。
いつまでたっても、自分はミジンコのままだ。
いつまでたっても、自分の中から悪意がなくならない。
俺はおかしな反応ゲームに飽きてしまったが、この俺が飽きてしまったところで、他の俺たちは飽きることなく遊びに興じている。
……消滅できないのは、おそらく俺が、俺自身が、どんどん増え続けているためだと、気が付いた。
おそらく、俺というミジンコがこの世界に発生した時、俺という種が生まれたのだ。
同じDNAを持つ、進化の無い種の、祖。
魂とDNAの関係はわからない。
だが、おそらく……俺という祖が、俺のクローンを生み出した時から、この恐ろしい仕組みが始まってしまったのだ。
同じ遺伝子やDNAを持つ双子などとは違い、自らが本能的に生み出してしまう、己のクローン。
俺というミジンコのDNAをただただ生きながらえるべく存在する、究極のシステムであるとしか思えない。
つまり、一度クローンを生み出してしまったら最後、絶滅するまで俺は……ミジンコとして存在し続けねばならないのだ。
「はい、お疲れさまでした、いかがでしたか、ミジンコ生は。……ずいぶん長いお勤めでしたね」
「……もう、ずいぶん反省もしたし、学ばせてもらったよ。でも、俺は人間になれないんだろう?初めの頃はずいぶん悪態をついていたからな」
「まあ、虫ですけど、今はほら、虫が地上を支配しているから大丈夫ですよ」
「……そうなのか?」
「ああ、でも……今だったら、人になりたいって思う人がいないので、よかったら融通しますよ」
「……いや、結構だ。俺はもう、摂理に歯向かうようなことは、しない」
「了解です、では、蝉としての命を楽しんできてください」
ぐるん、ぐるん。
ぐるん、ぐるん。
魂が生まれていった。
ずいぶん長い間、種として存在し続けた……類稀な魂だった。
きまぐれに、言葉を聞き入れたら……ずいぶん楽しませてもらう事ができた。
まさか、人の言葉に反応する新種として持て囃されるとは思わなかった。
……令和ミジンコ「レイクひよこ」は、大ブームになったのだ。
大人も子供も小さな水槽セットをこぞって買い、水を腐らせては燃えないゴミとして廃棄した。
研究者たちはこぞって研究をし、なぜ令和ミジンコだけが人の言葉を理解するのかというテーマに答えを出せずに投げ出した。
まさか、ミジンコが人であった頃の記憶を持っているとは思いもしなかったのだろう。
まさか、ミジンコが種として一つの魂を共有しているとは思いもしなかったのだろう。
ブームが終わり、世界中にミジンコが溢れた後、少しづつ……少しづつ、人間は数を減らしていった。
人間が少なくなった頃、命を持たない存在が世界中にあふれるようになっていった。
命を持たない無機質の塊は、命を求めて奔走した。
命を持たない無機質の塊は、命を求めて迷走した。
命を持たない無機質の塊は、命を求めて暴走した。
世界に虫が溢れるようになった。
虫が世界を支配し始めている。
虫が命を支配しようとしている。
虫による、人間の食料化計画が始まっている。
人間は、実に優秀な食材なのだ。
血、肉、排泄物、……喉から手が出るほど欲しい、人間。
「さあて、どうなるかな?」
蝉として生まれていった、元ミジンコ、もともと人間。
幼虫時代に螻蛄に食われて恨みを持ってここに来るかもしれない。
蛹時代に土竜に食われて恨みを持ってここに来るかもしれない。
蝉時代に蟷螂に食われて恨みを持ってここに来るかもしれない。
弱肉強食の虫の世界。
つまらない悪意など、抱く暇はないと思うけれども。
「はい、お疲れさまでした、いかがでしたか、虫生は」
「……オマエ、コロス!!!」
飛び掛かる蟷螂を制止しながら、次の生まれ変わる先を模索する。
「ああ、ずいぶん戦いの多い虫生だったようですね」
「……オマエ、エサ!!」
さんざん食ったのだから、今度は、食われる番になってもらわなければね。
「ずいぶん食い散らかしてますね、次はあなたは人間ですね。はい、行ってらっしゃい」
有無を言わさず、人間へと生まれ変わらせた。
いつまでも食べ続けたい、勝ち続けたい、自分の欲を満たしたい。
何度生まれ変わっても、種というものはわがままだ。
何度生まれ変わっても、魂というものはわがままだ。
……近いうちに、人間になどなりたくないとごねる虫が現れることは、間違いない。
……遠くない先に、この種だけは嫌だとごねる虫が現れることは間違いない。
はるか先の未来、この星がなくなるまでに、いかほどの命が生まれ、消えてゆくのか。
「はい、お疲れさまでした、いかがでしたか、虫生は」
再び、思いもしないような出来事が起きることを期待しつつ。
私は次の魂を……迎え入れた。
かつて一世を風靡したペットを題材に書いたお話です。
子供のころ大人気だったシーモンキーは高くて?買ってもらえなかったんですよね。雑誌の付録で思いがけず手に入って大喜びで育てたけど、几帳面な家族に捨てられてわりとトラウマになりました…。あれは確か、カブトエビだったかな?
今はわりと安価に飼育セットが購入できるみたいだけど、猫がいるからなあ……。
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