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あめふり


 あめあめふれふれ
 かあさんが
 じゃのめでおむかいうれしいな
 ピッチピッチチャップチャップ
 ランランラン♪

 ああ、雨が降ってきた。
 母親が迎えに来るかもしれないな。
 わざわざ傘を持ってお出ましとか、勘弁して欲しい。
 雨脚は強くなる一方だ。
 混乱が…ヤバイ。

 かけましょかばんを
 かあさんの
 あとからゆこゆこかねがなる
 ピッチピッチチャップチャップ
 ランランラン♪

 かばんを肩からかけて昇降口に向かうと、母親が傘を持って立っている。
 こちらに向かってくる足音が帰りのチャイムの音と重なった。
 激しく地面を叩きつける雨の音が耳に痛い。
 これから始まるであろう…波乱を予感してぶるりと震えた。

 あらあらあのこはずぶぬれだ
 やなぎのねかたでないている
 ピッチピッチチャップチャップ
 ランランラン♪

「ヤダ…ずぶ濡れで歩いてる子めっちゃいるじゃない!かわいそー!みんな頭悪いね、止むまで待ってりゃいいのにさ!その点あんたは恵まれてるよね、優しいお母さんがわざわざ傘持って来てやったんだから!感謝しなさいよね!見てよ、皆あんたのことうらやましそうに見てるよ!鼻高いでしょ!!あたしのおかげだからね!!」
「うーわー!!見て、あのデブの子!!いい年して泣いてるみたい!びちょびちょでキモーイ!!気の利かない親持つとホント子供って気の毒だよね、管理不足であんなに醜く太っちゃってるし、…プッ!!あんな大きな体で木の下で雨宿りしてる!!無駄なのに!!」

 激しい雨音が無ければ、同級生のもとに心無い言葉が届いてしまったかもしれない。
 乱発される暴言を止めるために…頭をひねる。

 かあさんぼくのをかしましょか
 きみきみこのかささしたまえ
 ピッチピッチチャップチャップ
 ランランラン♪

「お母さん、傘ありがとう。すごく助かったよ、さすが私自慢のお母さん!あのね、あの子ここから近いの、送って行ってあげようと思うんだけど、良い?」
「んまー!!あんたは本当にあたしに似て優しいこと!!じゃあ先に帰って待ってる…いや、お風呂先入っちゃお!!エステバスにするから晩御飯作っておいてよ!ハンバーグでいいよ、あとアイロンがけもやっといてよね!!今日は雨だから外掃除は免除してあげるからね、あんまりのんびりしないでまっすぐ走って帰ってきてよ?!じゃーね!」

「…ねえ!!傘持ってないの?一緒に入っていかない?私送るし!」

 ばしゃばしゃと水溜りを蹴散らして、友達のもとへ。
 乱暴な言葉を耳にしたくない私は…逃げ出したのだ。

 ぼくならいいんだかあさんの
 おおきなじゃのめにはいってく
 ピッチピッチチャップチャップ
 ランランラン♪

「さえちゃん!ありがと!でも今ママにスマホで連絡したから大丈夫だよ!もうじきに車で…あ、来た!!」
「こんにちは!!良かったら送っていくけど?乗っていかない?」

「ありがとうございます、でも…大丈夫です、すぐそこだから!」

 激しい雨の中、友達が去っていく。
 にっこり笑って手を振ったら、心が乱れ始めた。

 心が、乱されていく。
 心が、乱される。
 心が、乱れる。

 傘なんて持ってこなくていいのに。
 恩着せがましい言葉なんて聞きたくないのに。
 言いたくもないお世辞を口に出したくなんかないのに。
 聞くだけで精神がゴリゴリ削られていく発言なんか耳にしたくないのに。

 どうせ私に何でもやらせるくせに。
 どうせ私の言うことなんか聞きもしないくせに。
 どうせ私を子ども扱いして優位に立つくせに。
 どうせ私のことなんか思い通りになるおもちゃとしか思ってないくせに。

 優しいふりをする母親が大嫌いだ。
 母親らしい言動をしない大人が大嫌いだ。
 母親であることを振りかざす人が大嫌いだ。

 折り畳み傘を持っているから、迎えなんかいらない。
 折り畳み傘を持ってきているのに、今日も使えなかった。
 折り畳み傘を出したら、理不尽に怒り出すのは目に見えている。

 いつだって悪いのは、子供である私。
 いつだって偉いのは、子供思いの母親。
 いつだって喜ばなければいけないのは、私。
 いつだって喜ばせなければいけないのは、母親。
 いつだって自由気ままに我侭を通せるのは、幼い母親。
 いつだって空気を読み続けなければいけないのは、大人びてしまった私。

 あめあめ、ふれ、ふれ、かあさんが……。

 じゃのめで、おむかえに来れないような…遠い場所にある高校に進学しようと、心に、決めた。

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