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ずいぶん大きい

3050gで生まれた娘は、やけにすくすくと成長する乳児であった。

よく飲みよく遊びよく眠る、やけに手のかからない、いつも機嫌のいい乳児であった。

娘が生まれたころ住んでいたアパートの近くにはあまり子供のいる公園がなく、毎日のように自転車に乗って遠征をしていた。毎日遊ぶような特定のお友達はおらず、公園に行ってその日限りの仲良しと遊ぶ日々。

広く浅く…いや、かなり希薄な、コミュニケーションばかり、取っていた。たまたま出会った公園で、たまたま同じ時間を過ごすだけの、続かない友情。年齢を聞かれることもあまりなく、年齢を聞くこともほとんどなかった。

だから、私は子どもの大きさというものに、かなり、無頓着だったのだ。
乳幼児検診の日時が合わず、いつも同じ月例の子どもたちに合うチャンスに恵まれなかったことも幸いした。

いつも見ず知らずの子と仲良く遊んでいる娘に対して、何ひとつ心配をしていなかったのだが。

保育園の入園説明会に行って、ずいぶん、驚いた。

娘が、同級生たちよりも頭一つ分、大きいのである。

「あの、2001年生まれ、ですよね…?」
「はい、間違いなく。」

年少組に入るはずの娘は、年長組の子どもたちと同じくらい、いや、年長組の子どもたちよりも大きかったのだ。

大きすぎる娘は、大きすぎるまま、年齢を重ねていく。

小学校の入学説明会で、六年生のお姉ちゃんに誘導してもらう時。

「えっ?!大きい!!私よりでかい!!!」

六年生のお姉ちゃんよりも、娘は大きかったのである。

学校行事の時は、大変に目立っていた。

明らかに頭一つ大きな娘は、一目瞭然で一瞬で見つけることができるのだ。

運動会で一番後ろを走っていても、団体競技で紛れていても、観覧席でおとなしく座っていても、いつでも娘はすぐに発見できた。授業参観でも、合唱大会でも、学習発表会でも、修学旅行のお迎えの時も、卒業式の時も、いつでも娘を一番に見つけることができたのだ。

やけに目立つ大きな娘は、体に似合った、大きな心の持ち主であった。

多少の失敗など、まったく気にしない。
多少の怒りなど、まったく残さない。
多少の困惑など、まったく意に介さない。

中学に入り、多感な時期を迎えてもなお、彼女はずいぶん大きいままであった。

明らかに大きな娘は、どうしても目立ってしまう。

……自分と違う容姿を持つ存在を、いじりたくてたまらないものは、たくさんいたのだ。

大きな心の持ち主ではあるけれども、少し、居心地が悪くなってきたらしい時期があった。

大きな体を、やけに小さくしようと、背中を丸める日々。
大きな体を小さくする必要はないのだと、私は思ったのだ。
大きな心を小さくする必要などないのだと、私は思ったのだ。

大きすぎる娘に、この場所は狭すぎるのだと、私は助言を送った。

娘は、地元を離れて、都会の高校に進学することになった。

誰一人知り合いのいない都会の学校で、娘は初めて、自分よりも大きな体を持つ同級生に出会った。

「あたしより大きい子がいる!!!」

娘は、小さくなりかけていた体を、心を、またのびのびと大きく広げることができるようになった。

小さくなりかけていたからか、それはもう、勢いよく、大きくなっていった。

生き生きとした日々が、娘をさらに大きな人物へと成長させる。

誰一人知り合いのいない都会の学校には、数えきれないほどの仲間が存在するようになった。

同級生たちの中で、娘はそれなりに目立ってはいたけれど。

小さな子も、大きな子も、娘と並ぶ同級生たちは皆、楽しそうに…一体化していた。

ずいぶん大きな娘は、ずいぶん大きな体のまま、ずいぶん大きな心を手放さずに、大人になった。

大人になった娘は、それはそれは大きな人物になった。

多少の失敗は気にしない。
多少の怒りはすぐに昇華する。
多少の悲しみは歌って忘れる。
多少迷っても適当に決定する。
多少やらかしてもだいたい何とかなる。
多少気に入らなくても強引に突き進む。

多少なんてのはね、なんてことないんだよ。

多少、焦げ臭くっても……うん?!

「ひいー!!!ごめん、焼き過ぎた!!ヤベえ、真っ黒だ!!!」

…昔の事を思い出していたら、ついうっかりフライパンのホットケーキをね、ひっくり返すのをね?!

真っ黒こげのホットケーキを見て、悲鳴を上げる、私。

ずいぶん粗忽者である私は、時折大失敗をやらかすのですよ!!!

「うわ!!裏側真っ黒!!大丈夫大丈夫、食える食える、うーんじゃりじゃり、まず―い!!!ぎゃはは!!!」

大きな心の持ち主のおかげで、ずいぶん救われている。

「うまいうまい、もっと焼いて―!!!」

大きな体の持ち主には、それ相応の食欲が存在しているので、ずいぶん、ずいぶん、助かっているのだ!

小さいことを気にしない、大きな大きな娘。

「もう卵ない。」
「牛乳もないよ、もう作れない、また明日にしよう。」

「え―大丈夫だって!!!水入れて焼いたらうまい!!」

ホットケーキミックスに…なんも考えんと、じゃぶじゃぶ水入れてる!!!

「ちょ!!!何やってんだ!!!!分量、分量を量れと何度言わせる?!」「クレープにするしか、ない。」

大きすぎる心が幸いしてなのか、もともと生まれ持った性格なのか。

娘はまるで、料理の才能がなくてですね。
カップラーメンすら、やけにおかしな完成作品になる有様でしてね。

おそらく彼女は、天の上で料理の才能を弟に明け渡してから、姉として生まれて来たに違いない。

弟にウマいもんを作らせて、自分はウマいもんをたらふく食べようと企てて生まれて来たに違いない、現に今だって!!!

几帳面にクレープを焼き始めた弟の横で、空の皿を持って待つ、娘、娘の姿!

「焼けた。」

卵無し牛乳無し水ジャバジャバのホットケーキミックス粉は、料理自慢の息子の手により、クレープへと華麗に変身を遂げ…。

「わーい!!ありがとー!いただきまーす!!!」

焼き立てクレープを皿の上にのせ、大喜びでテーブルに向かう娘!!!

ジャムと蜂蜜かけてニコニコして食べてる…って、もう食べ終わったー!!!はやっ!!!!!!!

ずいぶん大きな体の、ずいぶん大きな心の持ち主である娘はですね。

大人になった今も、ずいぶん無遠慮に・・・。

「ねえねえ、次のクレープ、マーダー!!!」

・・・その体の大きさを増しつつあるという、お話です。

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