職質癖
コン、コン!!
「あー、すみません、ちょっといいですかね。」
コンビニの駐車場で、仕事帰りの娘を待っていたら、警察に声をかけられた。……いったい、何事?!
ヤバイ、娘を待ち始めて、今何分だ?!
もしかして、長い時間駐車してたから怒られる?!
猛暑日だから、エンジン付けたまま停車してた、駐車場の壁にはアイドリングストップご協力願いますの文字!
今すぐ立ち退けと言われる?!
マズい、罰金とか…払う金持ってない!!!
ちょっと待って、私今犬さんの危険な薬持ってる、ひょっとして悪用するとか思われて逮捕されるパターン?!
新作のカクテルもさっき買って積んである、今から飲むと思われて逮捕?!
…そう言えば二時間前にサバラン食べた、マズい、飲酒運転になるかも―――!!!
あわててエンジンを切り、ドアを開けて外に出て二人の警察官と…向き合う。
「あ、あの、何かありましたかね、私娘を待ってるんですけどごめんなさい今すぐどいた方がいいですかね?!」
慌て者のおっちょこちょいの暴走しがちで思ったことをすぐに口に出していつも大失敗している私、何をどう口にしたらいいのかさっぱり不明で!!
「いえね、この後ろの…ぬいぐるみがね!ちょっと気になって。見にくくないですか?運転するのに邪魔そうだなって思ったもんですから。初心者マークついてるし…。」
私の車の後部座席の後ろには、お気に入りのぬいぐるみがずらりと並べてある。家に飾っておくと猫の餌食になるので、大切なマイカーちゃんに守っていただいているのだけれども…。
窓を塞ぐような位置にはもちろん置いてないし、窓枠が全部見える程度には空間が開いている。
「ええとーその、趣味で集めてる人形で、窓枠中入ってみてください全部見えてるでしょう、視界は悪くないですよ、見た目は悪いかもですけど、そうですね確かにぬいぐるみいっぱい乗ってるとウザいですもんねえ、ごめんなさい、全部捨てた方がいいですかねえ、また捕まります?!」
ああ、ダメだ、警察は本当に苦手だ、余計なことまでぺらぺらと…何やってんだ私。
「ああ…見えてるなら大丈夫ですよ、ちょっと心配だったものだから声かけさせていただきました、すみません、免許証だけ見せてもらっていいですか?」
「は、ははははい……。」
助手席のカバンの中から財布を取り出して、免許証を抜き出し、警察官に手渡す。
「……ゴールド免許?」
「二十歳で免許取って、最近車に乗りはじめましてええええ!!!車に乗り始めたのが最近なんで初心者マークつけてますけどダメでしたっけ?!取った直後しか付けたらダメでしたっけ、こういうのって文書偽造罪みたいなもんになるんですかね捕まるんでした?すみません!!」
明らかに訝しげな表情でこちらを伺う警察官に、どんどん滑りまくる私の口、口イイイイイ!!!
「大丈夫ですよ。これからも安全運転を心がけてくださいね、ご協力ありがとうございました、では。」
警察は、頭をちょいと下げると、パトカーに乗ってどこかに行ってしまった……。
何なんだ、いったい。
それからしばらくして、娘を会社に迎えに行き家に帰る途中の道すがら。
う、ぅうう~!!
≪ちょっと前の車の運転手さんね、そこの交差点前に行ったところで止まってください!≫
あと一回右折したら家、そんな場所でいきなりパトカーに…止められた!!!
ちょ、ちょっと待った、私はこの先の道に行ったことはない、うちの近くの道は実に一方通行が多く、一度迷い込んだら出られなくなってしまうので基本同じ道順を辿ってしか帰宅できないのにどうしよう止めるって言ったってパン屋の停めにくい駐車場横しかあいてない、そんなところに横づけしたら出られなくなる、しかも今は夜遅くて視界も悪いし明かりも少なく、でも止まらないと公務執行妨害で捕まる!!!
そんなことを考えながら、道のど真ん中で止まってしまった。
≪もっと先行ってください!道の真ん中でしょう、止まらないで!≫
「ちょ、お母さん何やってんの?」
「ヤバイ、こんなとこ先に行ったら帰れなくなるよ!家そこに見えてるのに!!」
テンパりながら車を停めると。
コン、コン!!
「あー、すみません、ちょっといいですかね。」
窓を開けながら返事を……。
「すみません、私何かしましたかね?この道いつも右に曲がって帰ってそこが家なんですけどこっち来たことなくって帰れないんです、どんな違反しましたか、この車に乗れなくなると介護してる親のところに行けなくなるので困るんですけど免許取り上げとかあるんでしょうか、娘も太ってて分かりづらいかもですけどちゃんとシートベルトしてますよ、食い込んでたらダメでしたっけ、信号無視してましたかね、一応ドライブレコーダーついてるんですけど出しますか。」
ああ、ダメだ、今後の車の動かし方を考えながら言い訳もしないといけないと思うと、完全に混乱して頭の中が全部アッパラぱーに出ちゃって―――!
「ちょっと車がね、やけに左寄りだったから、後ろから見ていて怖いなと思って声をかけたんです、…車の運転は慣れてない?免許証出してください。」
「あああ、そうですね、一年前から急にペーパードライバーを克服せざるを得なくなってですね、親が車であちこち連れてけってね、いつも右側にのせるんですけど、車が近くて怖いと怒鳴られてて、自然に左によるくせがついたのかも、どうしましょう、私免許取り上げですかね、危険運転で今から捕まります?だったらその事親に説明してもらえないですかね、あの人たち車がないと生きていけなくて、どうしましょう、父親は免許返したんですけど再取得しないといけなくなるんですけどできましたっけ?」
ダメだ、車に乗れなくなったら親の世話をどうするんだという焦りが、余計なことまで口走らせて―――!!
「ああ、だからゴールド免許。今後はなるべく道の真ん中を走行するよう気を付けてください。逮捕はしないので安心して下さいね。手前を右折したかったんですよね、夜も遅いし、誘導しますから、後ろに下がってください。」
警察は、私を誘導した後、パトカーに乗ってどこかに行ってしまった……。
「へえ、職務質問ってあんな感じなんだ、意外と声?車の中にも聞こえるんだねえ。」
「あああ、生きた心地しなかったよ、何なんだもう……。」
やけにのんびりと状況を観察している娘が恨めしい。
確かに私の子なのに……この落ち着きはどうだ!
「まあ、こういう事もあるって!お母さんどんまい!」
「あ、ありがとう・・・。」
恨めしいなんて思って悪かった、なんだいい人だな、さすが私の子だ!
それからしばらくして、親の住むマンションに向かうために歩いていた道すがら。
チリンチリン!!
「奥さん、ちょっといいかねえ!」
自転車に乗っていたおまわりさんに、いきなり呼び止められた。
マズい、ちょっと頼まれ物のパンを買いに行くために出かけただけなのに、遅くなったらまた母親がヒステリーを起こして手が付けられなくなる!せっかく買ったパンももう遅いと言われて全部ゴミ箱に突っ込まれてそれから延々あんたは手際が悪いだの能無しだの役立たずだの怒鳴られ続けるパターンに突入、場合によっては警察に捕まったことを咎められて証拠を見せろと職質した警官を連れて来いって喚かれる、結果として掃除する時間が押して晩御飯作る時間も押して家に帰れなくなって娘も迎えに行けなくなる、どうしよう!!!
「あの、私何かしましたかねえ、このパンを今か今かと待ってる親がいて、すぐに持って行かないとパニクって被害が拡大するんです、立ち止まるとそれだけ危険が増すんですけど止まらないとダメですか、ひょっとしたら最悪警察呼ぶはめになるかもしれないんです、時間かかるんだとしたら一緒に親のところ行ってもらえませんかね。」
マンションを出て、今15分を過ぎたところだ。三時のおやつにパンを食べたいと言っていたから、あと10分で到着しなければ…怒鳴られる!
「最近ね、この辺りで怪しい人を見たって通報がいくつかあってね。ちょっと、声をかけさせてもらったんですよ。免許証、あります?」
「あの、私容疑者なんですかね?今から警察いかないとダメですかね、だったら今から一緒に親のマンション来てください、それなら私ずっと時間とれます、パンを届けないと親が暴れて警察呼ぶことになるかもしれないんです、そこのマンションの203号室なんですけど。」
ああ、ダメだ、親に怒られることを想像するだけでどんどん勝手に追い詰められていく。
「ここ半年くらい、ふらふらしながら歩いてるお婆さんがいるって通報でねえ。ごめんね、あなたずいぶん髪が白いから声をかけたんだけど、まだお若かったねえ。介護大変だね、もういいですよ。」
おまわりさんは、頭をちょいと下げると、自転車に乗ってどこかに行ってしまった……。
幸い、親の怒りは爆発することなく、無事にパンを渡すことができたのだけれども。……なんというか、職質癖?がついてしまったらしい。
繁華街で買い物をしていればパトロール中の警官から声をかけられ。
慣れない都会のど真ん中でうろうろしてたらおまわりさんに声をかけられ。
旦那の仕事に付いて行って車の中で待ってたら警察に声をかけられ。
高速道路の出口で飲酒運転の検問に足止めされ。
なんか、私、警察を呼びよせるホイホイ的なものを放出しているんだろうか……。
気が付くと、毎日四・五回、パトカーとすれ違ってるんですけど。
「お母さん気にし過ぎなんだって!そりゃあパトカーとすれ違う事も多いでしょ、警察署の横通ってるんだから!」
「でも…今までこんなに目につく事なかったと思うよ……。」
「そりゃ気にしてなかったからでしょ!お母さんみたいなへっぽこ、どこの警察が目つけるの!とんだ節穴だよ!」
「むむ…他人事だと思って!!」
「気のせい気のせい!俺シャワー浴びてくるわ、スイカ切っといて―!」
「うん……。」
旦那の能天気な物言いに閉口しておりましたら。
ピンポーン!
誰だ、こんな夜に?
取り出したスイカを冷蔵庫にしまい直し、あわてて玄関に向かうと…警察が!!!
「すみません、ちょっとお聞きしたいことがありまして。」
いよいよ、職務質問だけでは飽き足らず、家にまで警察が乗り込んできた……。
もう駄目だ……。
「はい……。あの、私、その……。」
意を決して、ドアを開け、警察官と…向き合う。
「あ、奥さんですか!旦那さん見えます?」
「…へっ?!私じゃなくて、旦那ですか?旦那は今……」
♪゛♪゛♪゛♪゛♪゛
ザバン#ビシャン♭ジャー、ジャー!
ボ――――――え―――――――♪
玄関の外に、中に!
旦那の能天気な歌声が響き渡る!!!
……なお、歌声は相当かなりとてつもなく破壊音でありましてですね。
「…この歌声は、旦那さんですね?」
「ええ、そうです。今日はシャワーだけにするって言ってたからもうじきに出てきますよ。」
シャワーだとさ、ジャージャー音が耳に聞こえるからか、いつもに増して大声で歌を歌うんだよね。
「旦那さん、アニメファンなんですか?」
「ええ、大昔にアニメショップでアルバイトしてたらしいですよ。」
ごつい作業車で現場に向かってるくせに、車内はいつもアニソンメドレーが流れているくらいでね……。
「あれ!!どうしたの、警察?も~、お母さん何やったの!!」
「ああ、旦那さんですね、いえ、ちょっとお話がですね。」
警察といろいろ話をしていたら、旦那がパンツ一丁で出てきましてですね。
うちのお風呂は玄関横にあるので、パンツ一丁で出てくるしかなかったんですけれどもね。
近所でうるさいおっさんがいるという苦情が出ているとかなんとか。
たまにおかしなことを叫んでいる怪しい家があるとかなんとか。
通行人がたむろしていることがあり車の通行の妨げになることがあるとかなんとか。
ボチボチ警察に絞られた旦那は、たまにしか騒音をまき散らさなくなったわけなんですけれども。
私の方は、あれだけひっきりなしだった職質癖が、ウソのように消えてなくなってですね。
旦那が怒られたから、禊が済んだのだろうか……。
何の禊だよ……。
秋の様相が深まってきた今現在。
私は、わりと穏やかに、一般市民として暮らしているというお話ですよ……。
いやはや、恐ろしい事です、はい……。
↓【小説家になろう】で毎日短編小説作品(新作)を投稿しています↓ https://mypage.syosetu.com/874484/ ↓【note】で毎日自作品の紹介を投稿しています↓ https://note.com/takasaba/