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お そ ろ し い は な し


以前量販店で働いていた頃、私は朝の外掃除を担当していた。

店のオープンとなる10:00の一時間前、店回りと駐車場を一人で回ってゴミを拾うのである。

ずいぶんアウトローな店であったことも幸いしてか、店回りはかなり汚れていることが多かった。
ペットボトルやお酒の空き缶、食べたもののゴミはもちろん、脱いだ靴が置きっ放しになっていたり、廃タイヤが置いてあったり、スーパーのかごが無造作に捨てられていたり、生ごみの袋が堂々と捨てられていることもあった。

また、落とし物もずいぶん発見した。明け方までオープンしている店舗だったからなのか、お客さんたちが暗くて見通しの悪い駐車場や通路にいろんなものを置きっ放しにしていくパターンが多かったのだ。
上着やかばん、ゲームセンターの景品に買ったもの、財布に現金、ぬいぐるみに傘…。ずいぶん拾って、ずいぶん拾得物届を出した。

拾ったものは店舗のものとして一時保管され、少しの期間を置いて警察に持ち込むシステムになっていた。勤務中に拾ったものだから、全てキッチリと処理をしていた。拾ったら1円でも確実に、届出の紙と一緒に事務室に提出していた。

拾得物の申請書類には、発見者の情報を記載する箇所があった。名前、住所、電話番号…個人情報を記入するのはあまりいい気分ではなかったが、見つけてしまったのだから仕方がないと考えていた。

ただ、気になったのは、所有権についての記載が申請書類にはなかった事だ。

個人情報を書かせておきながら、拾得物に対する所有権を得ることができなかったのである。会社が所有権を得ていたのか、所有権を手放すことが前提だったからなのか、意図は不明であった。

ずいぶんたくさん拾ったが、一つも見返りのようなものは、得ていない。

例えば、七万円ほど入っていた財布を拾ったが、一円もお礼金のようなものはもらっていない。
例えば、何台もスマホを拾ったが、お礼の菓子折りなどはもらっていない。
例えば、ずいぶんクレジットカードを拾ったが、一度も落とし主からお礼の言葉をもらったことがない。

別に、見返りが欲しいわけでは、決して、ない。

なんとなく、もやもやとしたものが、時折ふと思い出されるというか。
そういえば、いろんなもの拾ったよなあと、時折頭をよぎるというか。

私、何一つ、もらったことないんだけどなあ…。
一般的には、請求、するものなのか…?

なんでまた、そんなことを思い出しているのかと、言いますと。

私の手元にあるのは、【拾得物報労金請求書】。

先日、息子がお財布をですね、落としちゃったんですよ。
小銭ばっかり入っている、大きめのがま口なんですけども。

中には、お年玉の袋と、住所と名前の書いてあるカード、小銭に写真なんかが入っていたのですよ。

これが、落として一週間後に見つかったのはいいんですけれども。
拾い主さんから、お手紙がですね、届いてしまいましてですね。

兎年の年賀はがきに書きなぐられた、実にフレンドリーな、まっすぐに向けられた欲求の伝達がですね。

―――初めまして!お財布を拾ったので、警察に届けました!拾得物報労金を請求します!
―――中身は1864円でしたので、20%の金額+財布とその中身の価値分の20%でお願いします!
―――大切な家族写真と、思い出の詰まったお財布、おばあちゃんの直筆お年玉袋の価値、計上お願いします!

・・・なんていうか、非常にこう、胃が、痛い。

がま口は私が端切れで作ったやつだ。
写真はただのデータをプリントしてラミネートしてあるやつで、量産はいくらでもできる。
お年玉袋は、まあ、この世にひとつしかない代物ではあるが、一円玉分けるためだけに入れてただけで…。

この場合、いくら払えば、もめずに済むんだ。しかも指定された振込先の銀行が微妙なところで、振込手数料だけで220円かかる…。

警察に相談しても、当人同士で解決してくださいとしか言ってもらえない。

値段を誤ると、何度も振り込まなければいけなくなって大変なことになる可能性大だ。

―――え!!たったこれっぽっち!
―――普通もっと気持ちのせるでしょ、常識疑いますね…。

値段を誤ると、今後この人に何かを拾ってもらった人が大変なことになる可能性がある。

―――え!!前僕がかかわった損失者の人、もっとお金払いましたけど!
―――普通他の人と同じくらいのお金払うでしょ、常識疑いますね…。

何をどうやっても詰んでるとしか思えない、どう対処すべきなんだ。

しかも振り込み期限が今週中って…。今日金曜だから、今日今から振り込みに行かないとダメじゃん‥‥。

・・・考える時間すらもらえないんじゃ、仕方がない。

私は380円を振り込み、御礼状にたくさん言い訳を書いた。

―――先日は私の息子の財布を拾っていただきありがとうございました。この財布は私の手作りで、そろそろ作り替えようと思っていたところだったのです。初めて作ってみた時はそれなりに縫い方がわからず苦労もしていましたが、何度も同じものを製作したので今なら量産できるくらい容易に作る事が可能なお品なんです。それなりに思い入れはあるのですが、申し訳ありません、バザーで50円で売っても残ってしまうレベルの拙い代物です、価値はございません。がま口の金属は何度もリサイクルしていまして、今回で新しいものに取り換える予定だったのです。布地はおばあちゃんの服のリサイクルです、思い出深いかと言われると、見覚えがないとしか言いようがありません。丈夫なジーンズ生地を切り刻んだだけなんです。写真はラミネートの機械の調子を見る時に作ったものでたくさんある代物ですから、本当に申し訳ないのですが価値がなくて、値段が付かないのです。お年玉袋は毎年捨てているもので、たまたま一円玉の仕分けに使ったのがそのまま入っていただけで、何の思い入れもないんです、付加価値がないものばかり入れていて申し訳ないのですが、今回は入っていた金額のみに対する報労金をお支払いします。振込手数料が220円かかりましたが、こちらで支払いました。この分を合わせて、当方への連絡郵便はがき代金使用分、今回のお礼の気持ちとしてお受け取りいただけたらと思います。金曜二時半に振り込み手続きしましたが間に合いましたでしょうか。この度はありがとうございました。どうぞお体に気を付けてお元気にお過ごしください。

裏面にびっちりと書き込んだだけでは収まりきらず、表面の一部に進出させて思いの丈をすべて記入した官製はがきをみて…ご納得いただけたのか、長ったらしいお礼状に辟易したのか、言い訳がましい物言いにあきれ果てたのか、金払いの悪さに腹を立てたのかはわからないが、今のところ、返事は、ない。

何も起きないで、このまま平和に物語が終息することを祈るばかりだ。

もし苦情の手紙が届いたら、次は666文字くらいじゃあ収まらないな。

派手に大げさな表現使いまくって、9413文字書いてやろう。

ちょっとした物語になっちゃうな。

・・・何だ面白そうじゃないか。

私は、ほくそ笑んだので、あった。


己の性格の悪さがにじみ出る物語となっております…。
ちなみに666文字、9413文字というのは、いわゆる忌み数ですね。
気になる方はググってみてくださいな。
縁起の悪そうな数字を探して初めて知ったんですよ、9413。ちょうど良さそうな文字数だと思ったので採用しましたが、はじめは37564文字とかにしようと思ってました、はい。

個人的には、なんて言うんでしょうね…気軽にいろんなもんをポンポン送るのはよろしくなさそうだと考えております、ええ。

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