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スクールバス

自動車学校に通い始めた。

夏休みの終わりからの入校者はやや少ないという事で、比較的予約もスムーズに取れる。混みあう冬休み前に免許が取れたら御の字だ。

今日は効果測定の日。自習室で勉強してから望もうと、朝一番のスクールバスに乗り込むため、運航路線上のコンビニ前に立っている。
自宅から車で20分の距離、自転車で通えなくもないけど、この真夏のクソ暑い時期にだね、日焼けしながら汗をかきかき通いたくなくてね…。自宅から歩いて五分の場所をスクールバスが通っているので、通所時はありがたく使わせていただいているんだ。

あ、来た来た。いつもこの路線は気の良いおっちゃんがドライバーなんだけど、あさイチは違うみたいだ。…見たことないじいちゃんのドライバーだな。

僕の横で、スクールバスが停車する。

「おはようございます。」

ドアが開いたので、いつも乗り込むように、挨拶をしながら後部座席に腰を下ろす。今日はまだ誰も乗っていないようだ。僕の乗車ポイントは比較的路線の端…折り返し地点に近いので、いつもだったら二人くらい乗っているんだけど、あさイチだからかな?なんか独り占めみたいで面白いな。

「出発しまーす。」

ドアが閉まり、スクールバスは発車した。いつも通いなれた道は、少しだけ混雑しているようだ。この幹線道路は片道四車線、都市部に続く道だから朝は混むんだ、とくに。

「こんでますねえ。」

僕はいつもの調子で、ぼそりとつぶやいた。どっちかっていうと、思ったことはすぐに口に出しちゃうタイプなんだよね。で、いつも自動車学校に着くまで、乗り合わせたほかの通所者とたわいもない話を楽しんでるんだけど…。しまった、今日はまだ誰も乗っていないから、完全なる独り言だ、地味に恥ずかしいな。

「近道、します?」

運転席からドライバーが声をかけてきた。うは、独り言、聞かれてたー!

「いえいえ…大丈夫、です。」

近道って。そんなことしたらほかのスクールバス利用者が困っちゃうでしょ。何考えてんだ、このじいちゃんは。

「この時間帯は…ほとんど乗車する方はいないし、万が一利用する人がいたらわかるんで。…ちょっと近道しますわ。」

「え?!ちょ、…!!!」

じいちゃんは、ぎゅうとアクセルを踏み込んだ。…ぎゅうと全身を包み込む、重力?圧力?思わず背中を座席シートにめり込ませることになってしまった。……なんちゅー危険な運転しとんじゃあああ!!!

「ちょっと、危ないですよ!!」

自動車学校のスクールバスで事故とか暴走とかさあ…って!!!!!!


は、はいいいいいいいいいいいいい?!?!?!


事故ったかと思って窓から外を見ると…そこには車一台以内、だだっ広い、平野…?遠くに山が見える、草原らしきものもちらほら見えるけど…基本的に土…土?!

「ちょ!!!何、何ここ!!!」

「国道ですよ、400年ちょっと前ですけど。」

何言ってんの、このじじい!!!

「現代は混んでますからねえ、過去の道だったら空いてるんですよ、ええ。」

た、タイムスリップ…?まさか!!!でも、この景色は!!

「現代はねえ…人が多すぎなんですよ、車もね。」

土ぼこりをあげて…戦国時代?の平原を、一台のスクールバスが…堂々と滑走してるとか!!!これは夢、夢に違いなっ!!


がつ、ごとん、どがっ!!!!


激しく揺れる、スクールバス。何事かと慌ててシートベルトを握る。…握り締めないと体が飛び上がってね?!シートベルトはロックされて、しっかり僕の体を守ってくれているが。

「ああ…野ざらしの兵士たちひいちゃったよ。タイヤもバンパーもひどいことになってそうだな…。」

ちょ!!轢いたって何!!!

「じ、事故…れ、連絡、警察!!!」

スマホを取り出すと、げえ!!画面が完全にバグってる!!!なんだこれは!!カメラすら起動できないじゃないか!!!

「大丈夫ですよ、時代が違いますから。…めんどくさいな、もっと昔にさかのぼるか。」

じいちゃんは、ぎゅうとアクセルを踏み込んだ。…ぎゅうと全身を包み込む、重力?圧力!!!猛スピードでスクールバスが動き出す!!!窓の景色が、ぐるんと色を回し…緑の平原が現れ…!!!!

「よーし、飛ばしますよー!!とりゃ!!」

「や、やめてください、安全運転でっ!!!ひゃ、ひゃあああああああああ!!!!」

ものすごいスピードで草原を走り抜ける、スクールバスぅううううううう!!!!

「もうじき自動車学校横につきますね、よし、シフトを…。」

ちょ!!!

じいちゃんは目線を前方から下の方にむけてっ!!!この猛スピードでわき見運転するな!!


パ、パオオオオオオオオオオおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!


突如、目の前に現れた、ドでかい、山?いや違う、これは…マンモス?よけきれない、むしろ迫ってくる?太陽の光が遮られて、影になり、目の前がよくわからない土色?になりっ!!!!まずい!ぶつかる!!そう思った僕は全身を丸め、頭を抱え込み、衝撃に備える!!!


ド、ドガがああアアアアアアアんんっ!!!!!

ぶ、ぶっしゅぅうううううううううっ!!!!!


ぐ、ぐえええええ!!!!


ものすごい衝撃音、圧迫感。シートベルトが体に食い込み、一瞬息が止まる。

あっけにとられるとはこういう事か、僕は何が何だかわからない。しばし呆然としたまま、ただただ座席でぼーっとしていると、辺りが何やら騒がしくなってきた。


「大丈夫ですかっ!!!」


スクールバスのドアが開いて、オレンジ色のおじさんが乗り込んできた。…レスキュー隊か?

「ちょっとシートベルト切りますね、動けます?ケガはないみたいですけど…。」

「は、はい。」

僕は我にかえると、震える足で、スクールバスを降りた。…こういうときって、足ふるえるのな。


どうやらドライバーのじいちゃんが、トラックの尻にノーブレーキで突っ込んだらしい。じいちゃんはくしゃくしゃになった座席から引っ張り出された模様。命に別状はないもののあちこち骨が折れてるようで、しばらく入院するようだ。

「貴方シートベルトしてたから助かったんですよ、大変でしたけど、良かったですね!!!」

事情聴取?警察のおじさんにいろいろと話を聞かれた僕は、とてもじゃないけど戦国時代に行ったことやマンモスにぶつかったことを話せるはずもなくてだね?!寝ていたのでよくわからないとごまかし切って、みた。下手なこと言うと、頭がおかしくなったと思われて、今日の効果測定が受けられなくなるじゃないか!!まあ、安全運転を怠ったドライバーには文句の1つも言いたいところだけど、ケガ一つなく…衝撃に備えたからか首のむち打ちも無くてだね。


「申し訳ありませんでした…。うちのドライバーが事故を起こしてしまって。」

「いえいえ、無事だったんで。」

自動車学校の偉い人が出てきて、何やら頭を下げている。大変だな、偉い人も。…そっと何か封筒を渡してきたぞ…。

「…なんです?」

「お受け取り下さい、はい。商品券です。あと、体の調子が悪くなったらすぐに言ってくださいね?」

ええと、こういうときって受け取っていいのかな?でも別に何もなかったし…いいのに。

「多分大丈夫ですよ…体の震えも収まったし。事故の怖さを身をもって知ることができたので。」

「本当にこの度は…申し訳ありませんでした。」

封筒を自動車学校の教習バッグにねじ込まれてしまった。


―――ピンポンパンポン!

―――間もなく、効果測定を開始いたします。教習原簿を持って2階第2教室にお入りください。


「ああ、まずい!僕効果測定受けるんです!」

勉強しようと思って早く来たのに!!商品券なんかいらないから、合格させてほしいよ!!全然自信がなくてだね!!!

「それはいけない、私も一緒に行きます。遅刻扱いになったらいけないので。」

偉い人と一緒にぎりぎり入室した僕は…何とか、90点を取る事ができた。これであとは、卒業試験に合格するだけだ!


「おいおい、大変だったんだってね!!大丈夫なの?」

「うん、大丈夫だった、今日は卒業検定受けるんだ。」

斜め前に座った顔なじみの兄ちゃんと話しながら、いつものドライバーのおっちゃんの運転で、スクールバスは教習所に向かう。
僕はちょっとした有名人になってしまったようだ。ま、今日受かったらここには来ないから気にすることもあるまい。今日はほかに若い女性とおばちゃんがのっている。あと600メートルほどで到着するんだけど、事故があったみたいで全然動かない。


「先頭で事故ってるみたいなんで…ちょっと近道しましょうかねえ?」

近道?!いやいや、それは本当に近道なのか、それとも例のヤバい奴なのか。


「あの、僕歩いていくんで、おろしてもらっていいですかね!!!」

歩いたって10分かかんないだろ。

「ああ、そうですか?ほかの方はどうします。」

「降りるわ!!」

「おります。」

「まだあと15分あるから間に合うよね?」

なじみの兄ちゃんは降りるようだ。…みんな降りるみたいだな。うん、それがいい。

「……なんだ、皆さん降りるんですね、わかりました。」

ドアが開いた。続々と下りていく、バス利用者。僕は最後部に座っているので、最後に出るのだが。


「近道の出番はなかった…か。」


おっちゃんは呟きながら、見慣れないレバーをそっと引っ込めた。あのレバーは、スクールバス独特のパーツなのか、それとも。…ははは、気にし過ぎだな、うん。

炎天下、吹き出す汗をぬぐいながら四人で自動車学校へ向かうと、冷たいお茶を持った偉い人が僕たちを出迎えてくれた。…無線で連絡したんだな。なんという気づかい。

「暑いのに渋滞でご迷惑をおかけしました。こちらお飲みください。」

氷の浮かぶ麦茶のうまい事と言ったら。一気に飲み干したところで、放送がかかった。


―――ピンポンパンポン!

―――間もなく、卒業検定を開始いたします。


「ごちそうさまでした!」


僕は急いで…一階の集合場所へと向かった。

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