エッセイ「墓場定食」

食卓に着いた。

空気にチリが浮いてるのがよく見えるほど、光がまぶしい。

テーブルの対面に座ったもう一人の僕。

僕の目の前には大きなどんぶりがあるが、もう一人の僕の前にはナイフとフォークだけが置いてある。


僕はもう一人の僕に、言葉を、気持ちを吐いた。


ともに暮らした血縁者がスキになれない。

教室を共にした12年のあいだの人々がスキになれない。

互いの夢を共有しあった大切なあいつらもスキになれない。

性を交わし愛し合った人々もスキになれない。


だからお皿の端に、崩さないようによせた。

スキキライはいけませんってテレビの中からきこえてた。


まだ僕の話の途中なのに、今度はもうひとりの僕が話し始めた。


無差別殺人者がキライになれない。

金に物言わせな暴れん坊天狗もキライになれない。

弱い者にたかる人もキライになれない。

ヒトラーも織田信長もリトルボーイもマッカーサーもキライになれない。


殺人者も恋人も親友も家畜も家族も同じくらい大切ではない。


みんな、社会の中だから仕方なく役者やってる。

自らが色鮮やかな野菜や、お肉、豪華な料理だって言い張ってるだけなんだって。

おなかに入ればみんな栄養になって。

腐っていなくなればみんな同じ重さの命だった。


殺さなくちゃいけなくて、愛さないといけなくて、支えあわなくちゃいけなくて。

生かすために死ななくちゃいけなくて、育てるために生きなくちゃいけなくて。

死ぬために生まれてくるんだって。

みんな仕方なく、本当に仕方なくやってるんだってさ。


大丈夫だよ。

キライになれないのはキライな状態よりも素敵だよ。

ありがとう。

スキになれないのはスキな状態よりも輝いているよ。


さあ、いただきます。

テーブルの真ん中にどんぶりを移動させた。


社会という名のどんぶりに、いっぱいいっぱいな栄養素。

右手にナイフ。右手にフォーク。


いっぱいかき回す、ぐちゃぐちゃになるまで。

切り刻む、笑って生きていけるように。


にちゃにちゃと擦れる、要素たちが見る幻想。

ねっちょりと糸を引く夢と希望と未来。


どこに美しさがあるのか、でもみんな美しいという。


さあ、いただきましょう。

どんぶりに両手を添えて持ち上げる、そのまま上下ひっくり返してテーブルに押し付ける。

テーブルとどんぶりのぶつかり合う音と、ペースト状になった中身がつぶれるべちゃっという音。

きしんだ音を鳴らしたテーブルにできた、大きなどんぶり山。


ほこりがどんぶりにふわふわ落ちていく。

光はどんぶりばかりを照らしている。

ここには僕一人しかいない。

僕は世界のすべてを心の底から愛している。

ごちそうさまでした。


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