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自分の仕事をつくる。ージョブ・クラフティングについて:高尾(2019)論文レビュー

見聞きしたことはあるけれどもきちんと理解していない概念。何回ググっても忘れてしまう概念。私にとってその代表例の一つがジョブ・クラフティング(以下JC)でした。そこで高尾先生がレビュー論文を書かれていることを見つけ、いそいそと読みました。いやはや、わかりやすい!

高尾義明(2019)「ジョブ・クラフティング研究の展開に向けて:概念の独自性の明確化と先行研究レビュー」『経済経営研究』1,81-106.

JCとは何か

まずはJCの概念定義から。本論文でも随所で引用されているWrzesniewski and Dutton (2001)の179頁には以下のようにあります。

We define job crafting as the physical and cognitive changes individuals make in the task or relational boundaries of their work.

少し意訳的にこなれた日本語で言えば「自分の仕事の境界を物理的・認識的に変化させること」あたりでしょう。さらに飛躍を承知で言えば、「仕事を自分で創り込む」という働く個人を中心に置いた考え方とも言えるのではないでしょうか。企業組織の視点に立った理論が経営学には圧倒的に多い中、個人の視点に立った概念だからこそ今日的な意義があると言えそうです。

JCに関する研究はここ約10年で日本でも増えてきているようです。その背景として本論文で指摘されているのは、企業を取り巻く環境変化とそれに伴った職務の変化に対して、個人が主体的に職務を捉え直しながら対応する必要性が増しているからです。

JCを構成する三次元

Wrzesniewsk and Dutton (2001)ではJCを構成する次元として三つのものが提示されており、現在においてもJCの三次元として認められているようです。

一つ目のタスク境界(task boundary)の変更は、特定の職務においてこれまで求められていた内容を自ら工夫して変えてみるということです。二つ目は、他者との関係性もしくは相互作用に関する境界(relational boundary)の変更です。これは顧客や同僚といった他者との関係性そのものや関係性に基づく行動を変えることを指します。三つ目の認知的な境界変化(changing the cognitive task boundary)は、物理的な変化がなくても自分自身の職務に対する捉え方が変わることを表しています。

定義の概説の後で、高尾先生は、JCと類似する概念を三つ取り上げ、それぞれとの違いについて説明されています。

①ジョブ・デザインとの違い

ジョブ・デザイン(職務設計)は、内発的動機付けの理論であるハックマン・オルダムの職務特性理論に基づいたものです。視点は組織側にあり、組織が社員に対して、社員が動機付けられるような職務を設計するという思想が背景にあります。

それに対してJCは社員側に視点があります。社員は自らの職務を変更するという能動的な存在として描かれている点が異なるのです。

②プロアクティブ行動との違い

社員主導で変化を導こうという点で両者は同じ意味合いを持ちますが、プロアクティブ行動はその目的の対象が組織にあります。つまり、組織における問題解決や組織内の他者に対する支援を目的とした行動を指します。

他方で、JCの対象はあくまで自分自身にあります。具体的には、仕事の意味(Meaning of Work:MW)働くアイデンティティ(Working Identity:WI)を主体的に変えようとすることが焦点になっています。そのため、行動の対象が相違すると考えられます。

③I-deal(Idiosyncratic Deal)との違い

まず、I-dealとJCとが共通しているのは、両者がともに社員の個別的でダイナミックな仕事との関係性に注目しているという点です。

次に違いについて見ていきます。「deal」という言葉に端的に現れているように、I-dealは明示的な上司・部下間の合意を前提としています。一方、JCは社員の認識の変化が前提であり、他者にとって明示的なものを前提としていません。

JC概念の操作化:JD-Rモデル

ある概念が提出された後に後続する研究が進むためには概念の操作化が重要です。JCの場合には、オランダの研究者を中心としたグループが、JD-Rモデル(Job Demands-Resources model)を提示し、それに基づいた研究を進めたことが大きく寄与しているようです。

JD-Rモデルは、先述したJCの三次元を以下のように変更しています。一つ目が職務資源の水準の増大(資源探索)で、同僚からのフィードバックやアドバイスを求めたり職務の自律性を高めることが該当します。二つ目の職務要求の水準の増大(チャレンジ探索)は、より挑戦的な職務やスキルを活用できる職務を求めることが当てはまります。三つ目は、二つ目と反対のベクトルで職務要求水準の低減(要求低減)です。

JC vs. JD-R

本論文で刮目するべき点は、JD-RモデルがJCの「根本的な問題意識を十分に継承しているとはいえない」(93頁)という高尾先生の問題提起にあると私は考えます。問題の所在は、認識論の相違にあると高尾先生は喝破されています。

高尾先生によれば、JCは社会構築主義的な立場からの立論であるとされています。つまり、仕事が客観的に存在してそれに対して働きかけるのではなく、主観的な認識によって構築的に生成されるものであり、個人が絶えず再創造するものです。

他方で、JD-Rモデルの立場は、仕事という実在が客観的に存在し、それに対して個人が働きかけるという実証主義的な立場に立つといえます。つまり、ジョブ・デザインやI-dealと同じような立論になっており、JCが当初提示した問題意識を受け継いでいないのではないか、という主張です。

もちろん、本論文の最後で言及されているように、現在はJCとJD-Rの統合の試みが行われている段階です。今後に向けた課題として前向きに捉えることが必要でしょう。

おまけ(1)

興が乗って小難しいことを書きすぎたかもしれません。大変興味深い論考だったので、いつものブログの実に倍以上のボリュームです。

私の中でジョブ・クラフティングをイメージ的に把握するために思い浮かべるのは西村佳哲さんの『自分の仕事をつくる』です。実感として理解するためにはこちらの本も併せて読むといいのかもしれません。

おまけ(2)、あるいは懺悔

本論文には、JCによって社員が自身の仕事の意味(Meaning of Work)を変化させるという一節があります。懺悔以外の何ものでもありませんが、私の修論では、モティベーションに影響を与える概念として「仕事の意味づけ」なるものを見出していました。JCをレビューすることもなく。。。先行研究が甘いって怖いなぁと思う、M2を間近に控える今日このごろ。

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