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犬王

湯浅政明というアニメ監督がアニオタとかサブカル厨ではなく、シネフィルに本格的に意識され始めたのは2017年頃だと個人的には思っている。

この年、公開規模は大きくはないものの劇場用アニメ映画としては13年ぶりとなる新作「夜は短し歩けよ乙女」と「夜明け告げるルーのうた」が相次いで公開された。

元々、湯浅作品のキャラデザや作画は独特なので、萌え厨とか腐女子には好かれにくい。なので、どちらかというとサブカル寄りのアニメファンがコアな支持層となっていた。
だから、そうした人たちが好む作品が多いフジテレビの深夜アニメ枠「ノイタミナ」関連のプロジェクトとしてこの2本の劇場用アニメ映画が発表されたのも自然な流れであったとは思う。

そして、深夜アニメやOVA、配信アニメではなく劇場用アニメ映画として発表されたことによって、シネフィルの目にもとまるようになったのも自然な流れだった。自分もそのタイプだ。

その後、Netflix配信アニメ「DEVILMAN crybaby」を挟んで、2019年に公開された劇場用アニメ映画「きみと、波にのれたら」も2017年の2作品同様フジテレビ作品となった。

作品自体は悪い出来ではなかったが、おそらく、2017年の2作品の評判が良かったから、メインの2人のボイスキャストにEXILE一族と川栄を起用し、上映館数も増やすなど明らかに大衆狙いのマーケティングとなってしまった。ぶっちゃけて言ってしまえば、小規模公開作品で評価され、その後、拡大公開作品が大ヒット作となった細田守や新海誠みたいになることを期待したんだろうね。
でも、あのキャラデザや作画では、ジブリや細田、新海作品を見る非オタどころか、萌え・腐女子系のアニオタにも受け入れられない。

だから、湯浅は細田や新海のようにはなれなかった。

でも、翌2020年、湯浅の評価はピークに達した。
それは、NHKで放送されたテレビアニメ「映像研には手を出すな!」の出来が良かったからだ。
自主アニメを制作する女子高生たちの話ということで、萌え系のアニオタにもすんなり受け入れられたし、勿論、それまでのサブカル系やシネフィル系のファンは評価した。

本業でない人が声優を務めるとブーブー文句を言う連中ですら、同作の主人公の声を務めた女優の伊藤沙莉の演技を評価したくらいだから、いかに、出来が良かったかが分かるかというものだ。

ところが、この「映像研」の放送終了から3ヵ月ちょっとで、湯浅政明という“ブランド”は失墜してしまった。

それは、言うまでもなく、ネトフリで配信されたアニメ「日本沈没2020」(総集編映画も公開)のせいだ。

ネトウヨからは反日作品、パヨクからは政権に媚びた作品と言われるほど、作中の政治スタンスがブレブレだったが(ネトウヨからもパヨクからも嫌われるって、まるで岸田みたいだね)、それ以前の問題として、ツッコミどころ満載の内容で、特に謎の組織の食堂で出される“大麻カレー”はネット民のネタにされてしまった。

そんな、一気に評価が下がってしまった湯浅政明にとって「日本沈没」以来となる新作が本作だ。

鑑賞後の率直な感想としてあげられるのは、「日本沈没」で低下してしまった彼の評価を上げるのは無理だったと言わざるを得ないといったところだろうか。

まずは、日本やアジアのエキゾチックな部分を海外、特に欧米にアピールするための“国策”映画としての観点から見ていこう。

そういう目的で作られた映画であるならば、音楽は奇をてらわずに、いかにも純邦楽な曲や、アジアを混同している欧米人受けを狙って中華風のメロディになるはず。そうでなければ、和楽器バンドみたいとか“千本桜”(和楽器バンドもやっているが)みたいな曲調にすると思うんだよね。

でも、実際に流れているのは、国産ロック・ミュージカルの舞台のミュージカル・ナンバーみたいな曲。しかも、場面が変わっても同じメロディが繰り返される。

せめて、場面に合わせて曲を変えてミュージカル要素を強くすればもう少し見られたものになったのではないかと思う。

まぁ、劇団☆新感線みたいなことをやりたかったんだろうね。森山未來をボイスキャストに選んでいるのはそういうことだと思うしね。

とはいえ、楽曲にしろ、作中に出てくる舞のパフォーマンスが全盛期のマイケル・ジャクソンっぽいことにしろ、センスが古いなとは思った。まぁ、湯浅政明の音楽やダンスに関する知識がその辺で止まっているってことなんだろうね。

その一方で、欧米受けしそうな要素は十二分にあると感じた。それは、ポリコレ的な描写だ。

メインキャラ2人の琵琶法師(=盲人)と異形の者という組み合わせは、言い方は悪いが、どちらも障害者だ。
そして、琵琶法師は女装してパフォーマンスもするし、異形の者の声を担当するのは性別も国籍も不明とされているミュージシャンのアヴちゃん(女王蜂)だ。つまり、本作はLGBTQ+や人種の問題にも言及した作品ということになる。作品の出来・不出来よりも、スタッフ・キャストの属性で作品を評価しがちな最近の欧米エンタメ界の風潮と合致している。
その辺のアピールがうまくされれば、欧米のエンタメ系の賞で高評価されるのではないだろうか。

ただ、ストーリー展開が雑なので、そういう視点で減点され、無視されてしまう可能性も高いとは思う。

ストーリーは森山未來演じる視力を失い琵琶法師になった者の視点で始まる。そして、この琵琶法師が組んだ一座が人気を集めていくという展開になるのだが、メインで歌い舞うのは琵琶法師ではなく、彼が琵琶法師になってから知り合った異形の者だ。というか、琵琶法師はほとんどバックバンド扱いだ。

クレジットを見ると、森山未來は2番手で、トップになっているのはアヴちゃんだ。そもそも、タイトルの「犬王」というのは、この異形の者が自ら名乗っている名前のことだ。つまり、主人公は犬王なんだよね。

何か、異形の者をフィーチャーしてからの一座が人気を集めてからは、別の話になったように感じてしまうほどだ。

というわけで、総合的に評価すると、「日本沈没」のように酷評されたり、ネタにされるようなことはないし、アニオタやサブカル厨、シネフィルならとりあえず見ておいて損はないけれど、「夜は短し」から「映像研」あたりの高評価期間に比べると、本調子とは言えないといったところなのではないだろうか。


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