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プログラムコードのトラウマ。それと克服。

プログラムは日本語でも英語でもない、独特のプログラミング言語というもので記述されます。

ソースコードは一般的に読みづらく、それを扱うことにはストレスやコストがかかります。

僕は以前、プログラムのソースコードを読むことが

トラウマになってしまったことがあります。

でも、最近はそんなことはなく

むしろ、日本語で説明されるより、ソースコードを読んだ方が早いとまで感じます。

なんで、そう感じることができるようになったのかな?

と、思い、筆をとった次第です。


辛かった時の話です。

最初に断っておきたいのですが、この話で登場する企業様に僕はとても感謝をしています。

そこで受け入れてくれた上司の方々にもとても感謝しています。

多くの経験をさせていただきました。ありがとうございました。


さて、本題。

それは学生の頃

あるIT企業に長期的なインターンに行っていた時の話です。

誰でも、みんな使っているようなサービスを開発している会社でした。

技術力についてはレベルが高いと噂に聞いていたので

僕は「どんな試練が待っているんだろう」と緊張と期待を感じていました。


そのプロジェクトでは、「Java」が使われていました。伝統的なプログラミング言語です。

Javaについては僕の第一プログラミング言語でもあり、知識が全くないわけではありませんでした。

ただ、実務的なコードに触れるのは初めての経験で、面を食らいました。

みたことないJavaの表現や、登場するオブジェクトやコードのコンテキストは学習で触れていたアプリケーションのそれとは規模が違っていて

飛び交う大量のコードに混乱したのを覚えています。


インターン中。早く成果・結果を出したいんだけれども

難解なコードに足を取られて、思うように実装が進みません。

「たったの1機能」でも何日もかかって実装していました。


僕は、コードを読むのが楽しくなくなってしました。

「なるべくコードを読まないよう」になってしまいました。


すると、具体的な話があまり進まなくなり

実装スピードは落ちる一方でした。


その間、僕は深く落ち込んでいました。


「これまでの結果は、只のまぐれだったんだ」

「僕にはプログラマとしての才能がない」

「俺みたいな、汚い経歴を持った人間はそうでない人間に敵わないんだ」

「これまでの自信は、僕のただの奢りだったんだ。」


理想の僕とのギャップに押しつぶされて

何にも身が入らないような状態でした。


当時のプロジェクトの上司の方達もおっしゃられていたのですが

そのプロジェクトのコードはあまり綺麗なコードでは、ありませんでした。

経験の浅い僕には、太刀打ちすることが難しいコードでした。


それから、その企業でのインターンが終わり

しばらく、「もう、コードは書きたくないな」って思ってました。


でも、やっぱりコンピュータ、プログラムの世界は好きでした。

僕に自信や夢、ロマンをくれた世界が忘れられませんでした。

「でも、いつかはスーパーハッカーになるんだ」

と心の中でいつも毎日、燻りながらもその思いを肌見放さず持っていました。

それから、しばらく病み倒してこう考えられるようになりました。


難解なプログラムというのは誰にとっても、「読みづらいプログラム」だ

それを読む解く力というのは経験から、逆推論されるものだ。

僕は、生まれ持った素質でその難解さを許容できるキャパシティが異なっているんだ。と思っていた。

そうではない。読みづらいものは誰にとっても読みづらいのだ。と。


そうして

僕は自分が解けなかった課題を飲み込んで

どういうスキル・経験が足りないのかを認めることができました。


僕はそれから

「良い・読みやすいプログラム」とはどういうものか?

プログラムを変更に柔軟にするにはどうすべきか?

について考えるようになりました。


もし、プログラムを読むのが辛いな。って思ったら

こう考えて欲しいです。

「自分の頭が悪いんじゃない。そのコードが読みづらい悪いコードなだけなんだ。」

だから、落ち込まないで欲しいです。

そして今度は、それをどう改善できるかについて考えて欲しいです。

きっとその痛みを強さに変えれます。


僕は、良いコードが書けた時は満ち足りた気分になります。

そして、あのトラウマを自分の糧にできているように感じます。

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