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理屈を超えた、理不尽な現実。

【Diversity on the arts project_2019】
ダイバーシティ実践論3
「生きることと語ること」
福島智さん(東京大学先端科学研究センター教授)
・今年も始まったダイバーシティ実践論。
とびラーが聴講できるのは今回から。・
今回のゲストは福島智さんだ。ダイバーシティ実践論三年目にして
はじめてお話をお聴きする。

福島さんは盲ろう者である。
光と音のない、一様な静けさの中にいる。
彼はそれを「宇宙に一人ぽつんと浮いているかのよう」だと言っていた。

三歳で右目、九歳で左目を失明。視力を失った。
それまでは、瀬戸内海に沈む夕日や(福島さんは兵庫県出身)、
宇宙が好きだったので星空をよく眺めていたそうだ。

そうなったあと、彼のエネルギーは音を通してアウトプットされていく。
中学時代には軽音楽部に入り、
トランペットやピアノを楽しむ日々。
スポーツも楽しんでいたという。

しかし1980年の終わりに片方の耳が聞こえなくなり
「かなり不安になった」そうだ。
視力を失っても、音を頼りにできることがたくさんあると
前向きだった福島さんにとって、
今度は音を失ってしまうかもしれないという未来は
言いようのない恐怖だったに違いない。

そしてそれからわずか三か月。
1981年にすべての聴力を失い福島さんは闇の中に閉じ込められた。
講義の冒頭。彼は名乗ったあと、サポートの女性に
「ここはどんな教室で、どんな人が聞きに来ているのか教えてほしい」
と言った。

彼は今、指点字で他者の言うことを理解している。
発話は明瞭で、福島さんが自分の喋っている声を
どう認識できているのか(あるいはできていないのか)不思議だった。

「なんで俺は生きているのか」
情報が入ってこない。コミュニケーションができない。
その辛さは相当しんどいと福島さん。
一つの転機となったできごとがあった。
(彼は明確にその日付まで覚えていたが、残念ながらメモし忘れた)
その日、福島さんの知り合いの子ども(と話されたような)が交通事故でなくなったのだ。この事故で、「理屈を超えた理不尽な現実がある」とあらためて思い知ったという。

「生きている理由は私にはない。両親にもない。
なぜなら両親もそれぞれ誰かの子どもとして生まれてきたわけだから。
そう考えていくと、生きていることに意味があるかどうかわからない。
でも何かしら意味があるのではないかとも思う」・
そう福島さんは語った。
この「生きていることに意味があるかどうかわからない」という言葉は、
盲ろう者がということではなく、
そもそも人というものがという意味だろう。
個人的には、草木と同じように
ただそこにいるというだけだと思っている。
生そのものに意味などない、きっと。

関係性の中にこそ価値がある。
だからこそ、すべてを断ち切られてしまった
盲ろうの世界の辛さは筆舌に尽くしがたい。
というよりある種の重さを伴って押し寄せる闇を想像すらできない。

彼を救ったのはとっさに母親が使った“指点字”だった。
それが他者との関わりを確保する唯一の、そして肝要な手段となった。
福島さんの、辛さを胸に秘めたポジティブな姿勢は、
この“指点字”によって担保されているのだ。

福島さんは、盲ろう者としてはじめて
大学(東京都立大学)に進学した人だ。
金沢大学助教授などを経て現在、東京大学教授。
盲ろう者が大学の常勤教員となったのは世界初だそうだ。

荒美有紀さんのムービーを見た。
高校生まで音楽をやっていて、
大学入学後に急激に視力と聴力を失い盲ろう者になった
若い女性を追ったドキュメンタリー。

折を見て医師から回復の見込みが極めて低いことを告げられた
荒さんはその恐怖に母親の手を握ったまま号泣し続けたという。
そして福島さんと出合った彼女は、ドキュメンタリーの中で
「私は生きている意味があるのでしょうか」と訊いていた。
その問いは、福島さんが盲ろう者になったときに
自分に発していた問いそのものだった。

やがて荒さんは彼女なりの生きる楽しさを見出し、結婚する。
が、そのわずか3週間後の2019年3月30日18時過ぎ。
もともと全身の神経に腫瘍ができる
「神経線維腫症2型」という難病によって盲ろう者になった彼女の
容態が急変し、30歳の若さで亡くなった。
そのことを話す福島さんの声は一瞬震えたかもしれなかった。

「理屈を超えた理不尽な現実がある」

福島さんの言葉が頭の中に響く。
そういう現実の当事者だったり、
傍観者だったり、無理解者だったり。
私たちはそのどれにもなり得るのだ。

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