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第75_頽落する報道、疑念なき得ない
アメリカのキング牧師の暗殺から半世紀が経った。私がキング牧師のことを初めて知ったのは、中学校の英語教科書だったと思う。非暴力運動でアフリカ系アメリカ人の公民権を勝ち取ったキング。彼を扱った当時の授業を思い出しながら、先日、黒崎真「マーティン・ルーサ・キング」というキングの生涯と思想について書かれた本を読んだ。
この本によれば、キングの非暴力運動は単なる無抵抗とは異なり、次のような「戦術」を持っていたという。抗議に一貫して非暴力で展開することで、抗議を暴力で鎮圧しようとする敵は道徳的正当性を損ないやすくなる。敵が道徳的正当性を損なうと、敵は内部分裂しやすくなり、一方、抗議側は結束を強めたり、メディアを通じて世論を味方につけたりすることが可能になる。結果、敵は暴力を慎むようになるとともに、運動を成功に導けるようになるという。
この戦術では、メディアと世論が特に大きな役割を果たす。抗議側の非暴力と、敵の暴力。メディアがそれを報じ、世論がそうした構図や抗議側の提起の正当性に声をあげるからこそ、キングの運動は成功したのだろう。メディアの報道と世論の支持がなければ、非暴力運動の戦術は十分に機能できまい。
翻って現在の日本のメディアはどうか・今の日本がキングの頃の人種差別の激しいアメリカと同じだとは言わない。だが、バーミンガムなどでキングが行った非暴力運動では、警察の暴力的鎮圧の報道を見た世論が非暴力運動を支持し、非暴力運動の要求が承認される結果になったが、かたや、現在の日本では、辺野古の埋め立てに対する反対の座り込み運動が展開されても、メディアはほとんど報道せず、世論の関心を集めることもほとんどない。挙句、BPOから重大な放送倫理違反という意見を受けた「ニュース女子」の沖縄報道のような歪曲された情報が地上波で垂れ流されている。
また、これはメディアだけに責任があることではない。米軍基地が沖縄に集中している現実、多発する米軍機の事故、米軍犯罪、沖縄の民意を評した選挙結果などを多くの国民が多かれ少なかれ知っているにもかかわらず、世論がそこに大きな関心を寄せることもないのだから。随分と前に「沖縄人は豚ですか」という衝撃的な言葉が朝日新聞の一面に載ったが、そうした言葉が出るほど、日本社会の沖縄軽視は激しい。
果たして、現在の日本に、キングのような非暴力運動が機能できる、他者の痛みに共感するメディアと世論があるのだろうか。現在の日本が非暴力運動の機能できない不健全な社会になっていないか危惧する。
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