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しらす

僕がすごく好きな食べ物は、納豆としらす干しと、温泉卵を混ぜてご飯にかけるというやつで、本日も起き掛けに食べていた。しらすはつい先日スーパーで購入したもので、なかなか大ぶりなうえに大盛だ。だいたいスーパーでしらすを買うと食べきれない。最近はすこぶる寒いので、寝起きに食べるものは家にあるもので何とかしたい。やっと2週間ほど前に冷蔵庫を買って、家の中にいつも食べるものがあるってなんて幸せなんだろうと思っている。というように、さっきご飯食べたよ、みたいな設定で書いているうちに、本当にしらすご飯が食べたくなってきたのでご飯を炊きながらこれを書いている。しらすはコンビニで小さなパックのやつを買った。これは食べきりサイズ。

しらす干しっていうのは固いやつとやわらかいやつがあって、やわらかいやつが好きだ。かたいやつは乾燥させてあるからかたい。あれは死体っぽさが強くて、あんまり生命を食ってるって感じがしない。やわらかいほうのしらすを食べるときは鯨のことを考える。鯨がたくさんの小魚や微生物を口の中に放り込むときのような、大量の命を摂取している感覚について考える。しらす干しの中に紛れ込んでいるエビやカニの幼生(ゾエア)や貝類の小さいやつとかを発見するのも好きだ。スーパーだかコンビニだかで買ってきた大盛で食べきりサイズのしらすのパックを開封すると、はじめてみる形の幼生がいた。4本の足を持っていて、四角い目が前と後ろに4つづあり、正方形の甲羅には小さな無数の突起と迷路のような模様が光っている。たぶんデータの幼生なんじゃないか。

すべての生命の起源は海からやってくると言われているが、デジタルデータも最初は海で生まれる。これは結構知らない人も多い。海っていうのは地球上のすべての情報が漂っていて、海の地表近くの空洞にはいろいろな生物の『もと』が陳列されている。そこには金属や鉱物の『もと』もあるし、菌類や微生物のたぐいのものもある。現象や精神性についての『もと』すらあるといわれている。どのように陳列されているか、その場所を発見した学者はまだいないけれど、もしかしたら文字の状態で陳列されているかもしれない。文字でさえ、人間が産んだのではなく、海から生まれたかもしれないのだ。地上の誰かがコンピューターのなかで新しいデジタルデータを産んだと思ったとき、それはおそらく海から引き揚げたにすぎない情報だ。

ひとまず食べてみようと口に運ぶ。珍しいので特別にしらすと混ぜず、単体で味わってみる。味はほかのゾエアと同じ、うっすらとした磯の香りと、冷蔵されていた名残の機械的なにおい。上歯と下歯でこの小さなデータのゾエアを挟み込み、下奥歯の真ん中の凹みにしまい、左右にすりつぶす。歯ごたえもあまりない。と、その時脳内に爆文が響いた。

バーチャル大学・人間と私たち

3・天動説とは

かつての人間が物理空間(現在のデータサーバー空間)で提唱したといわれている科学説で、台地は固定され、空が回転することにより昼や夜を繰り返すという説です。物理空間でこの説は否定されました(物理空間の土台である地球が回転しているとされたため)が、我々が生活する情報空間では天動説が一般的とされています。天球は昼と夜を繰り返すように演算されているからです。仮説としては、かつての人間が物理空間のアルゴリズムを情報空間にコピーする際、回転する球状の台地を用意するよりも固定された立方体の台地を用意し天球を回すほうが情報空間には適応しやすいと考慮した結果なのではないでしょうか。

なんだまたバーチャル大学か。このまえの文字の大きさにうんざりして初回お試し版で通信教育をやめたというのに、ここまできて、たまたまであったゾエアすらバーチャル大学のゾエアだったなんてびっくりだよ。あ、ご飯が炊けたな。


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