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2020年6月,臨時休校明けの中学校教員の日記。

 6月,各校考えた新しい生活習慣や授業態勢で学校が再開した。自校は45分授業で最初1週間のみ5時間。2週目からは6時間授業が3~4日ほど。他校では40分授業で7時間という話を聞いた。3年生担任として,まず感じたことは「子どもたちが疲れている」ということだった。交流する場面をなくした授業では,以前の活気がなくなった。日記や面談で「コロナがこわいので正直家にいたい」「部活の大会がなくなってやる気がなくなった」「とにかく疲れる」「給食が前より食べられなくなった」「受験がどうなるのか不安」「勉強でわからないところがわからないまま授業が進んでいく」「がんばっても授業中に眠くなってしまう」…などの声が多く聞かれた。

 わたし自身も,以前より体力がもたないと感じていた。共にこの危機を乗りこえていくために,生徒が学校にいる間はできるだけ生徒と寄り添い,生徒の想いを学級通信にのせて発信した。とにかく授業を進めたかったが,生徒の様子を見て調整した。授業と担任業務,部活動で勤務時間は終了。以前からだが,休憩時間は給食後取れて10分ほどだ。公立小中学校の授業日,休憩時間という概念はないに等しい。生徒が下校すると,通常業務に加え,消毒作業や,コロナ禍で昨年までと違う進路事務,不要不急ではないと感じながら研修の準備などに追われた。19時には学校を閉められる(時間外勤務45時間以内を達成するため,教頭が「帰りましょう」と言ってまわる)ので,次の日のすべての授業準備,ときには個人情報を含めた生徒の成果物やテストを持ち帰って採点する。毎日1時間程度はこれに費やす。わたしは3児の母でもあり,子どもを寝かしつけてからの仕事。効率が悪いとわかっていながらの仕事である。ときどき3歳の子が起きて中断する。どうしても寝てしまい,朝4時に起きて仕事をしていると小3の子がいっしょに起きてしまう。家庭が壊れるのと,自分が壊れるのはどちらが先か…。

 6月末,教頭から,要約すると「45時間を超えそうなので,土曜の部活をなしにしてください。」という話があった。木曜日だったので,生徒には申し訳なく思いながら部活は休みになった。しかし,進路指導主事としての市教委への提出書類があったため,結局出勤した。さらに,寝耳に水で中体連の専門委員になっていたことが判明し(いきなり決定事項はありえないと思うのはわたしだけ?),秋季総体のプログラム編集会議に出席したため,45時間を超えた。管理職を除く常勤の教員数15名の自校で,6月に45時間を超えたのは5名,数名は超えそうなので過少申告していたと思われる。

 7月初旬,わたしは欠席の重役会議が行われ,出席していた先生に「45時間超えた先生の名前が発表されていた。他の学校は100%達成してるみたい。」と教えてもらう。受け取り方はざまざまだと思うが,わたしは,自分のいない所で名指しされ「仕事ができないやつ」「足をひっぱるやつ」と少なくとも管理職に思われていると感じた。(自分でも仕事ができるとは思わないが,ショックだった。以降,自分の学級でも,できていないことで生徒の名前を呼ぶことをやめた。)
 もともと,母となってから削れるものは削ってきた。教員向けの時短を扱った書籍も参考にし,積極的に実践している。45時間以内を達成している同僚とも話をするが,ほとんどが「持ち帰っている」「過少申告」で,あまり参考にならない。そこで,管理職に「どうすれば業務が減らせるか」「○○は自分の裁量でなくしていいか」など相談をした。自校の管理職は人間的にも評判もよいと思うが,もともと月80時間近くあった時間外勤務を45時間に減らせるような画期的な答えはなく,「うまいことやるしかない。」「自分が若い頃はもっと授業時数多くても教材研究もやってた。」と結局個人に任せるものばかり。しまいには「愚痴ならいつでも聞くよ。」と言われてしまった。大事な相談のつもりだったが愚痴だと思われていた…。

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