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弱点を見せていないことこそが無敗馬の弱点だ

「無敗という事実には無限の可能性がある」

競馬仲間である高校時代の友人から教えてもらったこの概念を、私は今でもはっきりと覚えている。彼は今や大学の教授になったほどの数学オタクで、人に教えるのも上手く、高校に入ってから数学が苦手になった私は、よく彼に教えてもらっていた。彼に補助線を引いてもらうと、それまでの霧が一気に晴れたように感じたものだ。

彼がこの言葉を発したのは、98年のNHKマイルCでのこと。新設されて間もないG1レースで、当時はスピードと仕上がりの速さに優る外国産馬の独壇場になっていた。そして、この年のNHKマイルCには、無敗の馬がなんと4頭も出走してきたのである。新馬戦から4連勝中のエルコンドルパサーが1番人気に推され、トキオパーフェクトやロードアックス、シンコウエドワードがそれに続いた。

無敗の馬たちの中でどの馬が本当に強いのか、私たちは嬉々として予想した。たとえ1度でも負けていたら、その馬の能力の限界はある程度において推測することができるが、事実として1度も負けたことがないのだから、能力の底がどこなのか分からない。彼が言いたかったのは、実無限とか可能無限とか、アルキメデスは亀に追いつくか追いつかないのか、そういう数学的なことだったのかもしれない。その隣で私は、もしかするとシンボリルドルフのような名馬が潜んでいるかもしれない、と果てしない空想に耽っていた。

結果としては、エルコンドルパサーが5連勝で危なげなくNHKマイルCを制し、2着にもシンコウエドワードが突っ込み、無敗馬同士のワンツーフィニッシュとなった。エルコンドルパサーはその後、ジャパンカップを3歳にして勝利し、海を渡って凱旋門賞ではモンジューの2着と、世界レベルの伝説の名馬となった。私は無敗の馬の無限の可能性を改めて体感したと共に、エルコンドルパサー以外の無敗の3頭が敗れ、その後は鳴かず飛ばずであった事実も同時に確認した。無敗とは、いつか負けるというサインでもあるということを。

今となっては、無敗であることはリスクでもあることを私は知っている。何と言っても、無敗であることの最大のリスクは、弱点が分からないまま、ここまで来てしまったことだ。無敗のキタノカチドキに跨って74年のダービーに出走した、武邦彦騎手のレース後のひと言に、そのことは表れている。

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