高血圧は病気ではない?

 最近の私の投稿は文章が硬いなと自分でも感じています。私の文章は飄々として少しユーモラスで天然だと思っていましたが、それがなくなっています。多分頭がもうろくし始めていていろんな事に柔軟に対応できなくなっているのだと分かっていながら、根が真面目だから、それが出始めたと納得させようとしています。
 そこで真面目な話に戻ります。前に高血圧の話を書きましたが、それをもっと納得できる例え話を思いついたので書きます。その第一前提として、動物の体は省エネに徹しているということです。何故なら氷河期という生命維持が困難な時代を生き抜くためには当然のことだからです。例えば日本人に多い一重まぶたは顔の進化形だと言われています。動物は二重まぶたが当たり前ですが、着衣で隠せない顔の表面積を少なくするために一重に進歩したというのです。そんな人間が無駄にエネルギーを使って体にも悪いと言われる高血圧にするはずがないということです。
 それに対してお医者様は、ある程度の年齢になると血管も老化して高い圧力で血液を送ると血管が破裂して生命の危機になるから血圧を下げる必要があるとおっしゃいます。一見するとごもっともと言いたくなりますよね。
 ここで私がまず言いたいことは無駄に高血圧にしているのかと言うことです。我々の体は省エネモードが徹底していることを前提とすると、なぜ血圧を上げるのかということになります。結論はそれだけの血液を送る必要があるからだとなります。血液が臓器に行かなくなると我々の生活や行動に悪影響が出てくると思います。血圧を下げる薬を飲むと認知症にもなりやすいので思っています。思っています。すると反論としてそれを放置して血管が破裂しても良いのかとなります。命を守れなくなるぞとも。
 ここからが私の新しい例え話です。我々は毎日水道の水を飲んでいます。能登の大地震でも断水で生活に困っていらっしゃる方も大勢います。水道関係の方には感謝しなければなりません。その水道関係の人から送水管が劣化していますので圧力を高くすると破裂する恐れがありますので低くしておりますので十分な水が届きませんが、これからずっーと我慢して下さいと言われて納得できますか。私なら「もっと早く送水管の管理をして換えておくべきだったのではないか。臨時に圧力を下げるのは仕方ないかも知れないので我慢するが早く送水管を交換して今までのように十分使えるようにせよ」と言います。
 これを高血圧に例えれば、根本の治療としては血管を強くする・血管内のプラークを取り除くことではありませんか。血圧を下げるのは緊急措置のはずですが、これを飲めば大丈夫と薬を出されています。飲み始めたら死ぬまで続けなければならないと言われています。
 しかし、血圧が下がれば大丈夫ではありません。感情の起伏等で血圧は常に変化しています。だから血圧が130以下でも、時によっては非常に高くなっていますから、血管が破裂する危険はある程度あります。アメリカ(だったと思いますが)の実験では血圧160の人を対象に降血圧剤を飲んでいるグループと飲んでいないグループを観察したら5~6年間に血管が破裂した人は、飲まなかったグループでは1割だったが飲んでいたグループも6%あったという話を聞いたことがあります。この4%の差をどうとるかは人によって違うと思うし、個人の判断するところだと思います。
 私の結論としては血圧を下げるのは緊急措置であって薬を飲ましとけば大丈夫ではない。医学としては血管内のプラーク除去や血管を強く・柔軟にするように治療していただきたいということです。
 やっぱり硬い文章になりました。本人の真面目さからとご容赦下さい。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?