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サブリミナルと公正な政治批評

Dappiを名乗るTwitterアカウントが政権与党に偏った情報発信を従来から行っていたが、立憲民主党の小西洋之議員に対して、権利侵害情報を発信していたとして、同議員がTwitter社に発信者情報開示請求を行い、そこで判明したプロバイダに発信者情報開示請求訴訟を提起し、勝訴判決を得た結果、自民党を取引先と明示する企業名が判明したことが現在報道されている。

Dappiアカウントは、さまざまな動画を使用して、情報宣伝活動を行なっているが、この動画使用について、著作権問題を取り扱っていたかがその全容を明らかにするのではないかと考えている。

通常であれば、著作権上の処理をして動画使用するのが法令遵守に則ったあり方であることから、動画の著作権を有する各団体(自民党、株式会社DHCテレビジョン)は、どのような認識であったかが問われる。

動画を使用料なく、利用することは、無体財産権である著作権の無償使用であることから合理的ではなく、またその活動を無償で行うことは営利を本質とする企業活動は合理的ではなく、別途対価を得ていたと考えるのが合理的である。

そこで、営利を得て、野党、朝日新聞を主として批判(https://twitter.com/dappi2019/status/1435421171885830145のような)し、自民党を保護することを主とした情報宣伝活動を行なっているのではないかと疑問が生じ、公正な政治批評とは何かが今問われることとなっている。

政治的な情報宣伝活動としては、ある種の警句であったり、映画が国威発揚の方法論として用いられてきた。そこで有権者にされていたのは、サブリミナル的な煽動であった。政治が多数派を力とするゲームであることから、より多くの人を動員できる可能性のある煽動は民主主義において古くから行われきた。

Dappiによる情報宣伝活動は、古典的な手法の現在バージョンであり、国を憂う、他国との緊張関係を憂うという体で、一見すると個人が国を憂いてボランティアで行なっており、バイアスに基づかない公正な言論と見せかけ、人々に浸透していく。政治的な言論で力を持つものには、この種の危険が伴い、これは必ずしも与党に限られるものではない。

SNSを使った大衆煽動の時代が現実に存在するのだ。

昔、ドキュメンタリーを何本も撮っている相田洋先生のお話として、ドキュメンターリーもまた切り抜きであり、作者の視座に気をつけなくてはならないというお話を聞く機会があった。情報が発信されるときに、必ず、何らかの視座に基づくというわけだ。

インターネットが普及した時代に、政党が政党助成金であったりを利用して、サブリミナル的手法を用いて情報宣伝活動を行うことは、民主主義を歪める結果になる。熟慮された民主主義とは、証拠ある事実を確定させ、その事実をよりどころとして政策課題を公益に基づき設定し、その政策課題について真摯な討議することで成り立ちうる。安易な煽動行為で、多数派を握ろうとすることは、多数派の横暴に繋がり兼ねない。

今、政党は、公正な政治批評を市民にしてもらうために、どのような情報発信を行うべきかが問われている。

これは、喫緊の課題であり、今後の健全な民主主義が成り立ちうるかが問われる問題である。

与党、野党問わず、襟を正し、今一度より良い民主主義のための情報発信とは何かを考えることを切に願う。

より良い日本社会のために。

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