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#048 ひとの加速度センサー

近頃のちょっといいバイクには、慣性計測装置(IMU)というものが搭載されています。これは、車体のピッチ(前後)/ヨー(左右)/ロール(回転)といった様々な動きと、その時の加速度をはかるセンサーです。

ブレーキングで車体がどれくらい前のめりになって、どの方向へ向いて、何度くらい傾いているのか。そこに至る動きがゆっくりなのか、素早いのか。そうしたあれこれを検知し、トラクションコントロールやスライドコントロール、コーナリングABS、ウィリーコントロールといった各種制御に反映させていくのです。

なぜそんなものが必要なのかと言えば、人間のセンサーでは追いつかないから。たとえばタイヤが滑り始めた時、スロットル操作やバランス感覚で対処できればいいものの、そこに頼るのは希望的観測が過ぎるでしょう。なので、バイク側でエンジンの出力を絞ったり、ブレーキの圧力を調整して車体の安定性を保とうとしてくれているのです。

なぜそんなものが発達したのかと言えば、ライダーという人種のセンシング能力は信じるに足りないから。あるいは壊れているから。もうこれ以上は無理、ここが限界と感じたのならそこで止めるのが道理というものなのに、その先を覗こうとするんです。好奇心にまかせてとりあえず木に登り、そこから飛び降りたりする子どもの行動と大差なく、はっきり言えば頭が悪い。物事を知らない。想像力が欠如している。そう言ってもいいでしょう。

裏を返せば、バイクに乗って速く走れない、怖いと躊躇するひとはひととして正しいのです。姿勢や加速度の変化を敏感に感じていて、それに対する防衛本能が働いているということなので、どうか安心してください。自信を持ってください。とても真っ当です。

誰もが体内にセンサーを備えています。夏に気温が20℃になれば涼しく感じられますが、同じ20℃でもそれが冬なら暖かく感じられるのは感覚があやふやなのではありません。温度という絶対的な数値よりも相対的な変化を感じ取る、つまりある種の加速度センサーが正常に機能している証拠。真冬でも半袖&半ズボンのガキンチョがよくいたでしょう? あれなどは典型的なセンサー不良です。

時速300kmに達した新幹線は、4000mもの距離をかけて減速していきます。200mでそれを終えようとするバイクが怖いのは、だから当たり前です。ひととしての加速度センサーがちゃんと作動していればそんな領域には絶対踏み込まないはずなのに、そこに快楽や刺激を求めるひとが結構いるんですよね、困ったことに。真冬に半袖&半ズボンで木に登り、そこからヒャッホーと飛び降りる元ガキンチョのなんと多いことよ。

生まれついての機能不全は直しようがなく、せめてそういうひと達が死なないで済むように、僕はバイクに携わっています。今持っている技術や知識、経験を伝えています。

でもね、バイクより自転車くらいの加速度、自転車よりジョギングくらいの加速度、ジョギングより散歩くらいの加速度でワクワクできるひとの方が感度が高いひとだと思っています。より繊細なひとだと思っています。バイクの世界なんて、知らずに済むのなら知らない方がいいし、スピードの世界はなおのこと。今一度、よーくお考えください。それでもやっぱり、というひとにはこれからも全力でお応えします。


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