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#242 仕事のしばり

2輪関係のライターやカメラマンは、ひとつの事案があれば、ひとつの媒体を相手に仕事をする。これが基本的なスタンスになっている。
 
たとえばニューモデルの試乗会が開催される場合、編集部は企画意図に合ったライターとカメラマンに仕事を発注。それを受けたライターは他媒体でその試乗記を書くわけにはいかないし、カメラマンはその時に撮った写真を他媒体で流用するわけにはいかない。そういう文書や契約書が存在するケースは稀ながら、暗黙のルールというか、マナーとしてそうなっている。
 
問題は仕事を受けるタイミングだ。電話なりメールなりで発注され、了承した時点で、しばりが発生する。電話を切った5分後に他媒体の編集部から連絡があり、そこの条件がよかったとしても、つまりギャラがよかったり、拘束時間が短かったりしても時すでに遅し。早いものに優先権がある。
 
ほとんどのひとが慣例としてそれに倣っているものの、ビジネスとしてはシビアさが足りない。なにかものを買う時は、A店とB店を比較したり、相見積もりをとって検討するのが普通でしょう。でも、2輪の世界では電話が掛かってきた時点で即答を求められ、「他媒体からも連絡があるでしょうから、返事はその後で」という対応は一般的ではない。よりよい条件を引き出そうとしたり、鞍替えしようとするのは、卑しい行為とされる。
 
ライターにしてもカメラマンにしても、試乗会で同じ1日を過ごすなら、いくつもの媒体を掛け持ちした方が圧倒的に効率がいい。午前中に媒体A向けの試乗と開発者インタビューをこなし、午後は媒体B向けに同様のことをする。するとライターは少なくとも4本の原稿を書くことができる。引き出し豊富なカメラマンなら、もっと多くの媒体もフォローできるはずだ。でも、これらもやはり卑しい行為とされる。
 
今、現場の最前線にいるライターもカメラマンも、ほとんどがそれなりのスキルとキャリアを積み重ねている。そういうひとたちが早朝に家を出て、炎天下の中で地べたを這いずりまわって夜遅くに帰宅し、それから大量の画像データを処理したり、テープを起こしたり、ラフをひいたり、原稿を書き始めたりするのだ。それに対するギャラが、2~3万円程度で見合うと思っているのが根本的におかしい。まして、その程度のギャラにしばりを設けるなんてなおのこと。
 
ライターが複数の媒体を掛け持ちすることを、なぜ編集者が嫌がるのか? それは企画力のなさ、もしくはなんにも考えていないことに起因する。
 
「試乗記なんで、いつもの感じで適当にお願いしまーす」と言われれば、ライターはいつものフォーマットに則ってそうする。もしも複数の媒体編集者から同じように発注されれば、誌面やウェブには同じような試乗記が並ぶことになるため、編集者はそれを避けたいと考える。
 
なんにも考えていないというのは、つまりそういうこと。そのライターに仕事を発注したということは、本来なんらかの意図があるはずなのだ。限界性能を探ってほしいのか、開発に至った背景を明らかにしてほしいのか、新しく盛り込まれた技術を解説してほしいのか、そのひとならではの軽妙さや重厚さで語ってほしいのか。それによって、おのずとカメラマンがフォーカスすべき対象も変わる。
 
「俺たちは媒体Aにはない切り口で、このモデルの本質に迫りたい」という姿勢があれば、ライターとカメラマンがいくつ掛け持ちしようが、むしろ上等。「媒体Aのやつらは所詮いつもの定型インプレでしょうけど、うちはそんなの求めてませんから」と、ライバルを出し抜こうとする意気込みに溢れるだろうし、ライターもカメラマンもその熱量に必ず応えようとする。そして、関係性がそこまでになると、ギャラの良し悪しは大きな問題ではなくなる。
 
今、仕事をしている媒体には、少なからずそういう気概のあるひとがいる。もちろん、多くはない。この数年、そうではない媒体の仕事はどんどん減らしてきたし、今もそのさなかにある。結果、いつか立ち行かなくなる可能性はあるけれど、よりよい条件と環境を整えるための交渉はこれからもしていくつもり。もちろん、自身の仕事の質を高めることも忘れずに。

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