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#141 劣化してなお

いろいろな場所へ行き、いろいろな景色を見て、いろいろなひとに出会った。思い出はたくさんあり、写真をたくさん撮り、撮ってもらい、その経験を文字にしてきた。たぶんこれからもそれは続く。
 
でも、表に出した写真や文字は、その瞬間に劣化している。自分自身の中で渦巻いたオリジナルの興奮の、ごくわずかな部分しか表現できないからだ。だから、それが読者に届いた時にはもっと劣化している。僕が感じたことを、他者の心の中に再現することはできない。
 
劣化してなお、ひとの心を動かす力のことを才能やセンスと呼ぶ。劣化してなお、凡人の遥か上に留まっていられる高い地力を持つひとがいる。だから、カメラマンや文筆家といった職業が成り立つ。彼らはほぼ例外なく、自分の作品に満足していないが、それでもなお、大多数より抜きん出ているからこそ、そこに価値が生まれる。
 
自身のことで言えば、マン島TTやパイクスピークへの参戦が劣化を最小限に食い止める手段になっていた。その肩書が仕事につながっていた。しかし、いつまでもそうもいかない。そういう昔話に頼らずとも、経験に頼らずとも、この先、心の内に沸き起こってくるなにかで足場を固め、高くし、抜け出す手段を見つけなくてはいけない。
 
その意気を忘れて、あるいは面倒くさくなって、ただ過去を語るようになれば、実年齢に関係なく、それを年寄りと呼ぶのだと思う。

その意気が心の奥底に残っているのに先が見えなくなった時、あるいはどうしたらいいのか分からなくなった時、ひとは絶望するのだと思う。

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